2020年1月14日 (火)

2020いっぱつめ

2020年も二週間が経過してからこの記事を書くのもなんというか気が引けますが、とりあえず書いておきます。気が向いてひさびさに某ブラウザゲーに復帰したら、予想以上に時間を取られて二週間ぐらい貼り付く羽目になっておりました。アホですねぇ。

まず前回冬コミケですが、ぼく自身の智絵里本、ぼくが表紙を提供したスバル・モータースポーツ本、ぼくがイラストを提供したユーフォ本、そしてぼくが売り子を務めたスーパーフォーミュラ・イヤーブック、いずれもすべて完売という快挙を達成することができました。後三者はともかく、今回の智絵里本は題材が題材なだけに売れるかどうかハラハラものでしたが、結果としては持ち込んだ分に関しては捌き切ることができ、たいへん安堵しております。入場料制度が導入され、また4日開催となったことで人は減るだろうなぁ、と昨年の今頃に予想していたのですが、来場者数はみごと線形に増加し、おかげさまでアイマス本はほとんど現地で入手できませんでした。もう三、四回ぐらいアイマスでサークル参加してますが、19冬は自分が経験した中でもワーストの混雑だったように思います (他の年は自スペースで死んでたりしてあまり買い物に行けなかった、というのもあるかもしれないけど)。個人的な話としては、19夏に4日間開催となってから初めて4日間全通を達成しました。1日目・2日目は知り合いのサークルに挨拶しにいくだけの出撃だったので、労力としては2日で1日分程度でしたが。3日目が自サークル、4日目が売り子任務で、この2日がヘヴィーでしたねぇ。

2020年の予定としては、3月15日 (日) に神戸国際展示場にて開催される予定のデレマス系イベント「シンデレラステージ」に参加する予定です。サークル「アルファコルセ」としては初の関東圏以外でのイベントですが、このシンデレラステージ、略してシンステというのはデレマスオンリーとしてはたぶん日本では最大規模のイベントだと思うので、あわよくば新規客層の開拓を…という魂胆ですね (東京では歌姫庭園なんかがありますが、あれはデレマス以外のアイマス系もすべて扱っている)。ただ時間的に新刊が用意できるかは甚だ微妙で、現時点では歌姫で出した既刊2種類+今回冬コミの準新刊 (冬コミで売る分とは別に若干部分けておいた) を持ち込む予定でいます。もしかしたら分量少なめの新刊が出るかもわかりませんので、気になる方は主筆のTwitterアカウント (@M_Simacher) をウォッチしておくとよいかもしれませぬ。ただ目下最大の懸念は、新刊が出せるかどうかというよりは、まず無事に会場にたどり着けるのかという点なのですが… (かれこれ5年ぐらい日本にいる割には鈴鹿サーキット以西に行ったことが無い)。アルファコルセ初の長距離遠征なので、まずはトラブルフリーに完走することを目標と掲げましょう。
それ以外の予定は完全に未定です。今から今年の冬コミの見通しは立てられないし、夏コミ (五輪の関係で5月開催ですが) はアルファコルセ側としては不参加、2月末の歌姫庭園もシンステに注力するため欠場が決っているので、決定事項は上記のシンステだけですね。上半期はこの1レース、下半期は完全に未定という、こりゃ貧乏チームによくあるパターンだ。

モータースポーツの話。ル・マンはやはりトヨタの連覇で、ここまでは予想通りでしたが、驚異的なペースで23時間のあいだレースを支配したNr7が最後の最後にセンサーの組付けミスに起因するトラブルでNr8に逆転を許すという展開は予想し得なかった。Nr7は予選での接触事故でシャシーを損傷していて、突貫工事でシャシーを交換していたのですが、その際に右側タイヤの空気圧センサーの前後をまちがえて接続してしまい、最終盤に右後輪がパンクした際にセンサー情報によって前輪側を交換してしまい丸々一周ほどタイムロス、という顛末。操縦していたJMロペスが泣き喚かんばかりに悔しがっていたのが印象的でした。ル・マンはこういう残酷なことが起きますからねぇ…。
そのNr7に乗っていた小林可夢偉ですが、19年デイトナ24時間にウェイン・テイラー・レーシングから参戦して (なんとアロンソも一緒だ!) みごと優勝し、日本人としては1992年のニッサントリオに続く4人目の同レース優勝ドライバーとなりました。レース自体は終盤の豪雨でハチャメチャな事になり、最後は1時間以上の赤旗中断から残り10分でレース中止が宣告されるという締まらない結末でしたが。公式テスト~予選ではヨースト・マツダが速かったのですが、レースではトラブルで全滅でした。ペンスキー・アキュラもレースでは速かったけど、結局トラブルを出してしまいWTR・キャデラックには追いつけず。
F1はとりあえずレース展開は追っていましたが、いやぁハミルトンは流石というか。フェラーリはまたしても自滅でチャンピオンを明け渡した感じのシーズンでしたが (三年ぐらい同じことやってないか?)、サウバーから子飼いのルクレールが昇格してきて、チーム内のパワーバランスが微妙に変化してきましたね。そしてその隙間から新生RBR・ホンダが突撃してきた。正直RBR、というかフェルスタッペンか、彼がここまでやるとは思わなかったです。17年のマクラーレン・ホンダの惨状を覚えていると余計にね。逆にもう一方のSTR・ホンダは苦しみましたね。中団チームのトップは完全に体制を立て直したマクラーレンが持っていったし、フォースインディア改めレーシングポイントやサウバー改めアルファロメオ・レーシングとの勝負でも後手に回ることがしばしば。ブラジルGPは…まぁ半分フロックみたいなもんでしょう、あれは。今季はSTRもチーム名が「アルファ・タウリ (RBが持っているファッションブランド)」に変わることが決っていますが (個人的にBグループ御三家と呼んでいる3チームが全部名称変更しましたな)、19年があんな感じだと今年もどうなるやら。

2020年、正直どこまで生きていられるかも分らん! という状況ですが、生きてるうちはある程度のことはやってみようかな、ぐらいには思っているので、まぁのんびり生きましょう。今年もサークル「アルファコルセ」をよろしく。

2019年12月27日 (金)

冬コミケお品書きetc

相変わらず更新が遅くて申し訳ないです。とりあえず明日からコミックマーケット97ですが、ぼくは3日目の30/12 (月) にサークル参加しますのでお品書きをば。スペースは南「タ」18b、サークル「しまながし」となります。今回アルファコルセ本隊がまさかの落選で、いつものオタク連中の中で唯一3日目のエントリー枠を得ていた同サークルにご協力いただくことになりました。

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2017年冬のときに出した超絶気が狂った緒方智絵里合同、その続編みたいなものです。現代スポーツカー・レース史上おそらく最も謎めいたチーム、バイコレス・レーシング。その創設から現在までを、同チームの主力戦闘機「CLM P1/01」の八つの仕様から読み解く緒方智絵里のイラスト集です (文章量多めではある)。なんでこのチームを選んだのか、正確な理由はもはや失念してしまいましたが、多分「誰もやってないから」「どこにもちゃんとした解説が載ってないから」ということでしょう。前回の962Cと違って、情報がとにかく無いチームなので、結構独自の推測で補っている部分があることをご了承ください。いちおう合理的な推理というか、なるべく「裏は取った」上で書いてはいるつもりです。
ちなみに本はこんな感じ。「上綴じ」「天綴じ」と呼ばれる、カレンダーや手帳のような開き方をするタイプのちょっとめずらしい装丁です。もともとは「A4ヨコを想定して作っていたら行きつけの印刷所にその設定がなかったので、なんとか既存の原稿をA4タテにコンバートする」ための苦肉の策でしたが、この綴じ方は海外の漫画本などで時折使われるもので、そういう意味では良く言えばおしゃれ感、悪く言えばバタ臭い感じになったかと思います。
今回もイラスト面で「りょりょ」氏、「しま」氏 (旧「桐義」氏)、「田宮宗一郎」氏、「うろとま」氏にご協力いただき、また図面を「def」氏にご用意いただくことができました。考証協力に「ファスト? ふれでぃ」氏をお迎えし、主筆・編集・翻訳はぼくなので完全に前回の962C本と同じメンバーですね。ご協力いただいた皆様、今回もありがとうございました。
題材が題材なことと、今回「アルファコルセ by SGR」が落選してしまい「しま」氏のサークルにヤドカリしての参加 (ie.智絵里島ではない) なので、正直どれだけ売れるやら…という感じですが、いい本に仕上がったな、という手応えはあるので、ぜひよろしくお願いします。前述の通り、アルファコルセ by SGRとしては落選していることと、SGR側の「各々」氏が今回一身上の都合により不参加のため、いつもの富士GCシリーズまとめ本は今回ありません。代わりというか、ぼくがアルファコルセ名義で出した既刊のイラスト集を若干部持っていきます。品物はどれも1冊500円、または20.00マレーシア・リンギットとなります。いつものことですが、リンギット貨の釣り銭が不足気味なので、リンギット払いの方はなるべくピッタリでお支払いくださいませ。

 

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さらに今回、1日目 (記事執筆時点で明日ですね) 南「リ」21b・サークル「ぶらんしもん」(上に上げた「りょりょ」氏の個人サークルです) にて発売予定のユーフォ本「だいすき!!のハグ」にイラスト2枚を寄稿させていただきました。こちらもどうぞよろしく。映画「リズと青い鳥」の二人を初めて描きましたが、まぁうまく描けたんじゃないかなと自分では思っています。


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そして今回、個人としては初の依頼案件というやつをやりました。4日目 (31/12) 西「か」43b、サークル「Ute1200」にて発売予定の、「SUBARU Motorsports Story Vol.1」の表紙を担当させていただきました。こちらも是非よろしくお願いします。また4日目は、「DJ Bib」氏主宰のサークル、西「か」09b、「TEAM TAKE TWO」にて、(Bib氏が仕事で来場できないため) 売り子兼サークル主代理を務める予定になっています。全日本フォーミュラーのマニアである同氏渾身の一作「2019年スーパーフォーミュラー総集編」(なんと120pの大作!) をよろしくお願いします。

それでは皆さん、体調に気をつけて、あの大三角の下でお会いしましょう。3日目・4日目は最高気温が10度C台にまで下がるという予報も出ているので、どうか防寒対策は万全に!

2019年9月17日 (火)

歌姫庭園20 新刊

すっかりご無沙汰してしまいました。主筆です。端的に言うと、ついに体を壊して長期療養に入っている、という感じの状態なので、正直ブログの更新まで手が回りません (書くネタも特にないし…)。とはいえ細々と絵を描いたりはしていて、それをまとめた本もなんとか出せる状況にはなったので、ここで告知しておきます。

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2019年9月22日 (日)、大田区産業プラザPiO (最寄り: JR蒲田駅/京急蒲田駅、後者のが近い) にて11:00~15:30開催予定の歌姫庭園20/シンデレラメモリーズ19、スペース [シ55]「アルファコルセ」にて、緒方智絵里イラスト集 "hail storms" を販売予定です。A4正方形、表紙込20p、一冊500円。中身はぼくが前回 (去年のル・マンのやつ) 後にぼちぼちと描いてきた作品の集成ですね。前回売れ残った分の既刊も同時に持っていきます (価格は同じく500円)。
新刊はゲストイラストとして、スーパーディテールの切り絵作品で知られるwatson (@221bsh26) 氏のイラスト作品を一枚収録しております。サークル「アルファコルセ」単体としては三作目となるイラスト集、F1のアルファロメオ・サウバーがライコネンを迎えて上り調子の2019年ということで、どうぞよろしくお願いします (??)。

2019年5月23日 (木)

トヨタ・チーム・トムス スープラLM GTテストカー

グループC (GpC) 規定によるスポーツカー・レースが世界経済の後退やワークス間競争の激化によって没落したのち、サーキットの主役となったのは市販のスポーツ・クーペを改造したレーシングカーたちであった。「GTカー」と呼称されたこれら車輌の頂点は、当初GT1と呼ばれる一群の車たちであり、この「GT1」の定義はル・マン24時間レースの主催団体であるACOによって規定されていた。自動車メーカーのレース部門や、レースをするのが仕事のレーシング・チームにとっても、スポーツカー・レースがなくなってしまって手持ち無沙汰だったところにやってきたGTカー・レースは歓迎され、ル・マン24時間レースには市販スポーツ・クーペを改造した車輌が大挙エントリーし、前述のGT1カー、及びその下位カテゴリであるGT2カーによって争われた世界選手権であるBPR-GT選手権も一定の支持をあつめた。

GpCレースに積極的に関与していた日本の自動車メーカーも、世界的なGTカー・レースの潮流に乗り遅れることはなかった。折しも日本においても、GpCカーによって競われていた全日本スポーツプロトタイプカー選手権 (JSPC) の消滅後、これらにかわってGTカー主体のレースを開催する機運が高まっており、その結果一九九四年から全日本GT選手権 (JGTC) が開催されるに至ったのである。このJGTCには当初からニッサン、トヨタという、JSPC時代に日本一の座をを競った二大メーカーが参戦し、またフェラーリやポルシェなど外国製GTカーの参加もあり、日本国内で大きな盛り上がりを見せていた。

こうした流れの中で、日本製GTカーでル・マンに参戦し、外国製のGTカーと肩を並べて戦う、という機運が芽生えたのは必然であった。JGTCの登場によって和製GTカーがすでにあるのだから、それまでのスポーツカー・レース時代と同じように、日本製のレーシングカーでル・マンに挑戦したいと思うのは、自然な思考の流れであろう。この結果として、トヨタ・スープラ、ホンダ・NSX、ニッサン・スカイラインGT-Rという、いわば「日本のビッグスリー」は、すべてこのGTカー時代のル・マンに参戦することになる。


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タミヤ製1/24プラモデル、「カストロール・トヨタ・トムス スープラGT」。一九九五年のJGTCに、トヨタの実質的なワークス・チームであるトヨタ・チーム・トムスから参戦した車輌をモデルキット化したものである。上の話とつながるようでつながらないではないか、といった風だが…。


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ここで記事の表題につながるのである。史実においてはトヨタ系のプライベーターであるチーム・サードが一九九五、九六年にかけてスープラでル・マンに参戦しているが、もし九五年のル・マンにおけるスープラがトムスとの二台体制であったら、もしくはテスト段階ではそのように予定されていたら… という妄想の産物である。白く塗装された、スポンサーロゴの一切入っていないスープラGTのテストカーは実際にチーム・サードが九五年三月の鈴鹿サーキットにおけるテストに持ち込んでおり (HPI社が1/43でモデル化している)、今回の仕上げはそれをイメージしている。当キットの成形色が白色であり、わざわざ難しい艶出し塗装や大量のデカール貼り付けをしなくても再現できる仕様ということで、今回製作に踏み切った。当ブログ初のプラモデル記事である。
史実では、この一九九五年からチーム・トムスはカストロールのスポンサーを得て、WRCなどで有名なカストロール・カラーでJGTCに参戦しはじめるのだが、カストロールがル・マン参戦計画にまで予算を出してくれるかはわからないので、カストロール・ロゴは一切入れていない。ドライバーは付属デカールの関谷/クルム組のままだが、ご存知の通りこの年ル・マンで関谷正徳はマクラーレンF1-GTRに乗って総合優勝している。もしトムスなんぞからル・マンに出ていたら、日本人初のル・マン・ウィナーは荒聖治だっただろう。

チーム・サードがル・マンに持ち込んだスープラGTは、基本的にJGTCに参戦していた車輌とまったく同じ仕様であった。唯一、JGTCではスピード抑制のためにリストリクターで520馬力前後までパワーを落としていたのを、ル・マンではそのリストリクターを取り払って、約700馬力を発生していたが、それ以外のボディ形状はすべてJGTC仕様と同一である。当時トヨタはまだJGTCに本腰を入れて予算を出せる状況ではなく、車輌の開発・熟成をある程度チーム任せにしていたため、エアロパーツやフェンダーの処理はサードとこのトムスの車で各部が異なっている。


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95年型の時点では、まだ市販スープラの形状が色濃く残っている。車高が下げられ、幅の広いタイヤを入れるためにリベット留めのオーバーフェンダーが取り付けられ、後輪にトラクションをかけるために大型のリヤウィングが装着されているが、車体のラインそのものは紛れもなくスープラである。オーバーフェンダーなど各所のリベット部分は、アクセントとして墨入れ用ガンダムマーカーで着色した。ホイール色が黒なのは製作者の性癖であり、実際のトムスは銀メッキのリムに白いディスク部のレイズ製2ピース・ホイールを使っていたことは有名である。

JGTC用トヨタ・スープラの心臓部は、一九九三年までアメリカのIMSA GT選手権に参戦していたイーグル・トヨタが搭載していた、3S-GTEベースの「503E」型直列四気筒2,140ccターボ・エンジンを使っていた。このエンジンはタービンの過給圧設定によっては1,000馬力級のパワーを発生できたが、リストリクターで出力を絞られるJGTCではエンジンが本来想定したパワー域を使えず、燃費が悪化するという問題があった。またこのエンジンを搭載したスープラの持病として熱害の問題があり、各チームともボンネットに大量の開口部を設けて排熱に追われたほか、エンジンの熱が操縦室床面まで伝播して、その熱がペダルを焼き、レーシングシューズの薄い靴底が溶けてしまうというトラブルまで発生した。一九九五年ル・マンにおいては、チーム・サードが整流のため車体にフラットボトムを取り付けて走ったが (当時のJGTC車にはその程度の空力パーツも無かった)、あまりの熱でドライバーの集中に支障をきたすに至ったため、仕方なくレース中に取り外した、という逸話がある。


 
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タミヤ製のキットなので組み立てはスムーズに進む。パーツが多く、また前述の通りフラットボトムではないため車体底面に露出したパーツ類の組み立て・塗り分けがやや煩雑だが、狙った位置にパーツが収まらないということはなく、サスペンション周りのパーツなどもパチっとはまる。ヘッドライト内部は指定色がX-11クロームシルバーのところを、別のキットのために買ってあったX-32チタンシルバーを試しに使ってみたが、通常のシルバーよりかなり暗い。個人的にはこれはこれで好みではある。デカール類の配置はチーム・サードのテストカーを参考にした。チーム・サードのテストカーにはタイヤレターが入っていないようだったので、本作例でもレターを省略している。
テールライトのレンズはGクリヤーか何かで接着したが、最終的に左右とも曇らせてしまったのが残念である。トムス車にはリヤに控えめなディフューザー (というかフラットボトムがないのでただの板だが) がついているが、サード車にはこれがない。この部分は比較的市販車の曲面が残っている部分なので、ない方が見た目が綺麗かとも思ったが、結局接着した。車輌パフォーマンス的には、おそらく無いよりはあったほうが何らかの効果はあるはずである。


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ホイール。キットのホイールはメッキパーツだが、メッキを剥がすのも面倒だったので、XF-1フラットブラックで下地を作ってX-18セミグロスブラックで塗った。ブレーキなどかなり気合を入れて塗り分けたが、結局タイヤをはめ込んでしまうとほとんど見えない。初期のJGTCスープラが多くのパーツをGpCカーのトヨタ・TS010から流用していたのは有名な話だが、ブレーキ・キャリパーもその一つである (サスアームは新作したらしい。一時はリヤウィングのメインエレメントも流用が検討されていた)。メッシュ部分の上の黒いエリアはキルスイッチのレセスで、ここにEマーク・キルスイッチマークが無いのもサードのテストカー準拠である。この年トムスはJGTCでフェンダーミラーを使っていたが、正直フェンダーミラーのままでル・マンに出るのはあまりおすすめしない…と言いたくなる。


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フロント部は物理的にかなりスカスカで、三分割されたエアダクトの左右の開口部からはフロントサスアームが見える。中央のラジエーター/インタークーラーに通じる部分はメッシュを貼ることになっているが、無いほうが見た目がスッキリすると感じたのでオミットしている (チーム・サードの車はメッシュがなく、そもそも開口部の分割自体が微妙に違う)。


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車体底面。前述の通りこの時期のJGTCカーはフラットボトムすらなく、503Eエンジンやギヤボックス、プロペラシャフトや排気管のレイアウトまで丸見えである。排気管とエンジン/トランスミッションはXF-84履帯色を使用した (この色、自動車の機械系パーツから飛行機の排気管まで使える万能選手である。グンゼの黒鉄色と焼鉄色の二役を兼ねる感じ)。プロペラシャフトが黄色いのは塗装指示の通り (厳密にはレモンイエロー指定のところをただのイエローでごまかしたが) だが、実車がそうなのかは流石に確認できていない。足周り全般の塗り分けをかなり雑にやったのがバレるショットである。フロアにある銀色の突起物はエアジャッキ。


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窓の小さいスポーツカーとは違い、基本は市販車なので内装はかなりよく見える。そのためサボると覿面にバレる。ステアリングコラムなど泣きながら塗り分けたが、実車がホワイトボディから組み上げた白一色の内装で、内装色にまで手を出さなくてよかったのは助かった。ドアの内張りはセミグロスブラック指定だが、気まぐれでXF-63ジャーマングレー (に黒を混ぜて暗くしたもの) に変更している。ロールケージは接着強度を出すのが大変な上に、車体への組付け時に無理な力をかける必要があり、少々難儀した。リヤオーバーハングの黒い物体は燃料タンク。
今回面倒くさかったので特に追加工作などはせず、ひたすら愚直に説明書通り塗り分けたが、唯一シートベルトだけは青色の色紙を使ってロールケージのパイプまで延伸した (実車通りの引っ掛け方かは未確認)。個人的に、これがないとかなりマヌケに見えるのである。
今更だが、内装・外装とも白い部分は基本無塗装で、プラの成型色のままである。究極のものぐさモデリングだが、懸念された「プラっぽさ」はあまりなく、思ったより見栄えは良い。


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以前作った1/48のVWタイプ82E (キューベルワーゲンのシャシーにTyp.1のボディを被せた軍用車。タミヤMMシリーズで出ている)、そして今回の1/24妄想スープラテストカー。
普段は塗装・完成済みの小スケール精密模型でレーシングカー欲を満足している筆者だが、「手を動かしてモノを作る」行為のすばらしさも捨てがたいのである。プラモデルの場合、往々にしてレーシングカーは最狂難易度の部類に属するのでハードルが高いのだが、今回のような (ヒネクレた) アイディア勝負でも、「モノをつくる」ことはできるのである。作っている最中は細かい塗り分け・組み立て・組付けで発狂寸前だったが、完成したスープラGTを前にしての感動を思えば、それもまたよい経験であったと言える。

最後になるが、このヒネクレまくったアイディアの根本的な動機は、例のHPI社製のテストカーがまったく手に入らないから (十年近く前のモデルな上に生産数が少なく、中古市場にも滅多に流通しない) というヨコシマなものであったことを書き添えておく。何をするにしても、動機というのはいつだって単純なものである。

2019年4月24日 (水)

絵の話

当たり前のように月単位でブログの更新が滞っておりますが、近況をまとめると (例によって) 身辺私事がいろいろ展開しすぎてついに筆者の頭がおかしくなったという状況です。だいたい年単位で見れば毎年ちょっとずつ大事件というのは発生しているもんですが、今年はちょっといろいろ起きすぎたし、それぞれの事柄と、「そういう事柄が発生しているという事実そのもの」の双方が、ぼくの頭に与えるインパクトも大きすぎたということです。わかりづらい日本語ですが許してくれ、今ぼくは頭がおかしいのだ。

頭がおかしいので四六時中脳内ではつぶやきとか文章がぐるぐる回っているし、それを突発的に記録しておきたくもなったりするし、たまたまこの瞬間PCのフタが開いていたので、絵描きとしてのぼくの自分語りなぞを書き留めておきます。有り体に言ってしまえば一人インタビューみたいなもんなので、興味のない人はたぶん一生読まないだろうし、べつにそれでいいんじゃないですかね。たまたまTwitterとかで絵描きとしてのぼくを知っていて、そういう創作に至る背景や思考過程に興味があるとか、何かの呪いでブラウザがこのブログ以外のサイトにアクセスすることを拒否しているが現在ヒマすぎて発狂死寸前だとか、そういう人は読んでみたらいいと思います。長い自分語りを衆目に晒すのは拷問なので格納しますが、何度も言いますが読みたい人は勝手に読んでください。

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2019年1月 1日 (火)

2019新年いっぱつめ

久しぶりに元日のうちに記事を書いている気がしますね、人民の皆さんあけましておめでとうございます。今年の冬コミは自スペースですわっているか、死んでいるか、死んだ目でモンスターを呷っているかで終わったので、意外にもそこまで体力を消費せずに済みました。前日の準備でいろいろあってバタついた (友人のサークルのエピソードに絡むのですが、これ単体で記事一本書けそうなぐらい濃い。でも個人の事情も絡むのでおいそれとは書けないのが惜しい!) ためサークルチェックもロクに行わず、知り合いの同人作家への挨拶回り以外でほとんど自スペースから離れなかったので、こんな時期からブログが書けるわけです。

その冬コミですが、新刊2冊 (不肖Simacherとサークル主の各々氏で各1冊)・再販1冊・グッズ1種を持ち込んで、新刊はどちらも完売し、再販本とグッズも残部僅少 (将来的なバックアップに残しておく数を考えると実質完売か) という、望外の結果で一年を締めくくることができました。当日サークルに遊びに来てくれた皆さん、本やグッズを買っていってくれた皆さん、差し入れを置いていってくれた皆さん、そして普段からあの掃き溜めみたいなツイッター・アカウントをいちいち見てくれたり反応したりしてくれた皆さん、2018年は本当にありがとうございました。2019年も (ぼくのことだから偶にメンタルを壊しつつ) やれるだけのことをやる予定ですので、まぁ適当に聞き流したり流し見したりしてくださいな。

さて2018年ですが、個人的にはちょっといろいろ出来事があって「意外と例年より長かった (長く感じた) な」というのが嘘偽らざる感想です。モータースポーツもいろいろ出来事がありましたが、まずはやはりなんといってもトヨタがついにル・マン24時間レースを制したというニュース、この一点に尽きましょう。WECがウィンターシーズンへの移行準備として「18年5月に開幕して19年6月に閉幕する」、いわゆるスーパーシーズンの体裁をとった変革の年のさなかですが、ついにポルシェが撤退したことでLMP1-H車を用意するのがトヨタだけとなり、当初こそ車重や燃費のハンデを課すことで、いわゆるP1-L車とも対等に戦える、という触れ込みだったのが、いざフタを開けてみると「まずハンデ制 (Equivalence of Technology=EoTと称された) がまともに機能してない」「そのうえP1-L勢が自滅しまくって全然勝負にならない」という二重の想定外が露見し、結局ル・マンではトヨタが終始独走、388周のあいだ一周も他車に譲らず1-2フィニッシュという完全勝利を成し遂げました。めぼしい敵が存在しなかったことで「トヨタの敵はトヨタ」状態となり、このことについてずいぶん色々な意見が飛び交ったのも記憶に新しい。個人的にはいままでのトヨタを見ているので「勝てる所で浮足立ってレースを落とさなかっただけ進歩した、大したもんだ」なのですが、単純に期待値が低すぎるだけですかね。17年のアレを見た後だともう何も信用ならんのだ。確かに、後から猛烈なペースで追い詰めてくるライバルがいないからこそ浮足立たずにことを運べたという側面もあると思うので、そこらへんは2020年からの新規定でライバルが参入してくることを期待するしか無いでしょう。いまのP1規定では残念ながらプライベート・チームはトヨタの敵ではないです。予算も開発期間も全然違うんだもの。19年のル・マンはよほどズッコケ展開にならない限りトヨタの連覇じゃないでしょうか (そこでズッコケるのがトヨタという組織だし、そうなったらなったで面白いかもしれないけど…)。

F1のほうですが、実は今年はそこまでF1を見てないんですよね。単純にレース数が増えて週末の用事にかち合う回数が増えたのと、あんまりいまのF1に (主に視覚的な) 魅力を感じないからです。17年に車体規則が変わって前後ウィングに変な角度がついた時点でだいぶ失望していたんですが、そのうえ今年はHaloがついて、全体的に「レースを見ていたい」ような見た目ではなくなってしまった。安全上どうしてもあれが必要なのだというのは承知なので、Haloについては仕方ない部分もあるだろうと割り切りつつ、前後ウィングは絶対に2016年までの直線形状が良かったと思うんですがねぇ。
そんな中でも、17年のシーズン終了後に「今年のフェラーリは割と戦えているレースが多かったけど、来年この勢いが持続するか」みたいな疑問を抱いたのですが、見事に半分あたり・半分はずれという結果になった。フェラーリというかフェッテルはやはり本物で、今年は昨年以上にベンツを追い詰めるシーンが序盤~中盤に多かったのですが、最終的には…。ドイツGPでフェッテルがトップ独走中に自爆したことと、イタリアGPのオープニングラップでフェッテルがハミルトンに仕掛けようとして接触したこと、あの二点が今シーズンの分水嶺だったと考えていて、たぶんどれか一つでも起こっていなかったら終盤ベンツはあそこまで逃げられなかったでしょう。つくづく残念です。来季はライコネンにかえてルクレールがやってきますが、あのチームで上手くやっていけるのかな。
注目を集めたSTRホンダは、レース展開の妙に助けられたガスリーがバーレーンで4位に入るなど最大瞬間風速的なパフォーマンスは見せられたものの、ルノーに乗り換えたマクラーレンを予選で突き放せなかったり、主にハートレー車のほうにトラブルが頻発したり、車体の開発がまずかったりで、いまひとつ「起死回生」を印象づけるまでには至らなかったな、という評価。ただ車体とかは完全にホンダ以外の領分だし、試行錯誤しつつも「二歩下がりつつ三歩進む」程度には前進できているはずなので、来季のRBRホンダもそこそこ期待できるんじゃあないかと勝手に予想しています。

今年も同人活動のメインは冬のコミケです。東京五輪などというケッタイな代物が開催される関係で、いつものビッグサイト東棟は19年夏からしばらく使えなくなり、そのため現時点では19夏・19冬が初の4日間開催、面積縮小によるサークル棟と企業ブースの別会場化、また増大した場所代や運営費をまかなうため一般参加者からのエントリーフィー徴収 (各日入場用リストバンド購入という形態) という、これまた初の試みがなされる予定です。サークル参加の側からすると、まずエントリーフィーの存在と企業ブースの隔離で確実に一般参加者が減るので、印刷部数にも影響を与えるし (うちみたいな弱小チームにはあんまり関係のない話か)、4日間開催となると買い物勢のルート選定に大幅な見直しを強いることにもなりそう。とにかくコミケの歴史の中では大きな転換点、特筆されるべき変革となりそうです。弊サークルは毎回夏は出ないことにしてるのですが、冬は何がどうあっても出るつもりではいるので、このあたりの事情が色々なことにどう影響してくるかとか、そもそもコミケのあり方自体が様変わりしていくのか、それが楽しみでもあります。
コミケ以外だと、たぶん今年の前半である程度原稿を溜めて、後半のどこかのオンリーイベントに智絵里イラストの総集編みたいなのを出したいと思っています。たったの画集二冊 (アルファコルセ by SGRとして出した分は含まず。しかも一冊目は主宰がなかば黒歴史として遇するほどの出来) で総集編かよ! と突っ込まれそうですが、まぁ原稿の上がり方次第では「総集編」が「過去絵が入ってるイラスト集」程度には進化するかもしれません。冬コミ分も一応やろうかどうかと温めているネタが現時点でいくつか思い浮かんでいるので、それも含めて来季もトータル2戦か3戦かな。例によってまたツイッターでいろいろ告知を行います。

2019年は個人的にも同人的にもいろいろと試練の年になりそうな気がしていますが、ぼくはどこまで行ってもぼくにできる分のことしかしないしできないので、あわよくばそれが何かいい結果につながればいいなぁ、ぐらいの気構えでやっていきたいです。いい結果につながればいいなぁ。今年もなんとなく生きましょう。

2018.1.1
Simacher

2018年12月27日 (木)

2018年冬コミおしながき

どえらい久しぶりな更新になってしまって、いやはや面目次第もございませぬ。あいかわらず生きてはいるし、特に病気や怪我や極端な困窮に陥ってもおりません。ただまぁ私生活とかでいろいろあって、遊びほうけていたり原稿を執筆したり原稿執筆中に体調崩したりとかしていたので、今の生活だと連続ツイートの乱文以上の分量でまとまった文章を書くのは難しそう。趣味が多いと大変だな (他人事)。

とまれ今年も年の暮れ、年の暮れといえば冬の風物詩コミ・ケの季節。2018年12月31日、コミックマーケット95に、畏友・各々氏との合体サークル「アルファコルセ by SGR」として、今回も出場します。お品書きは以下の通り。

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主筆からは緒方智絵里をフィーチャーしたイラスト集「night fighter」。夜間戦闘機を意味するタイトルの通り、耐久レースなどで見られる夜のサーキットでの戦いをテーマとした画集です。今回ちょっとしたこだわりで、いつものような「1ページ1イラスト (縦)」ではなく「1見開きに1イラスト (横)」のレイアウトとしました。耐久レースってぼくは日没直前の時間帯と夜明け前後のあの空気感が一番好きなんですが、照らすもののない真っ暗闇の中を、ヘッドライトの灯りだけで切り開いていく真夜中のシーンも、それはそれで絵になるものです。深夜のユノディエールとか、あのへんの感じがたまらないよね…っていう人には共感を得られそうなイラスト集です。例によってこの本、いわゆる智絵里島で頒布するには「お前それ大丈夫なのか」感がありありですが、まぁ人生そういうことは気にしないのがいいんだ、コミ・ケってのはそういうもんです。
各々氏からは、これまた氏のライフワークである富士GCシーズン回顧録の1977年版。各レースの詳細なレポートと分析、また当時の2リッター・スポーツカーの雄姿をいまに伝える精細なイラストを付しています。現代日本においてはとかく傍流に置かれがちなGCというカテゴリですが、当時富士山の裾野のサーキットにはある種の時代精神めいた空気がたしかに存在し、各々氏はそれを語り継ぐのです。氏の言葉を借りるならば、「忘れ去られていいレースなど存在しないのだから」。
グッズとして、今年のモータースポーツ界で一番のビッグニュースであろう「トヨタ、悲願のル・マン初制覇」を受け、優勝直後にピットレーンから表彰台下へ向かうトヨタ・TS050をモチーフにしたアクリル製大判キーホルダーを作りました。くしくも描かれているキャラクターのひとりは、今季シンデレラガール総選挙で、これまた積年の悲願であった初優勝を果たし名実ともに「トップアイドル」となった安部菜々。「くしくも」っていうか選んだのは筆者なんですが、描いた当時は「ブエミン星人」というツイッターのクソみたいな一発ネタのことしか頭にありませんでした。この場を借りてウサミンPの皆さんには謝っておきます。
最後に再版のお知らせです。画像にもあります通り、昨年冬に発売した「962CLovers」を、このたび極小部数 (主にぼくの金銭事情による) ですが再版する運びとなりました。前回買えなかった方にはぜひ購入していただきたいのですが、なにしろ数が少ないです。また悲劇が発生したら平身低頭、平蜘蛛のごとく謝り続けるしか主筆にはできません。ゴメンナサイ…。

いつものことですが、当サークルではマレーシア・リンギットによる支払いを受け付けます。今回も手持ちのリンギット貨が多くないため、リンギット払いを希望の方はぴったりで払っていただくか、運悪くお釣りが出せない場合釣り銭分はすべて寄付として当サークルに投げ銭をしていただくかの二択になる可能性が高いことをここで申し上げておきます。RM20なのでRM10札が2枚、まぁ感覚的には日本の500円玉よりも流通量は多い紙幣だと思うので、ピッタリで揃えるのはそう難しくない気がしますが。

今回サークルスペースは「東4」ホール、「メ・21b」です。昨年冬は東7に隔離されていましたが、ふたたび大ホール (というのか) に戻ってまいりました。当日は外がドチャクソ寒いそうなので、特に待機列に並ばれる皆さんは体温調節にしっかり気を使ってきてくださいませ。それでは、大晦日に会いましょう。
PS. ここまで書いてふと数えてみたら、なんと今年は「1年で」4回しかブログを更新していませんでした。たったの4回、そう4回! まぁ書きたいことはまとまる前にだいたいツイッターに書いちゃうしなぁ…という苦しい言い訳。マジで来年はなんとかしたいです。

2018年8月30日 (木)

鈴鹿10時間レース

とりあえず生きてはいるし、特に病気や怪我や極端な困窮に陥ってもいないのですが、ブログ用のネタがないと更新間隔がこうなってしまうという好例。日常雑記みたいなことはツイッターのほうで面倒見てるので、ブログ用の文章は作画カロリーならぬ作文カロリーが高くて敷居が高いんですよね。ついでの報告でアレですが、17/6の智絵里オンリーに持ち込んだ同人誌はほぼ完売できました。ご来場いただいた皆さん、あらためてどうもありがとうございました。「ほぼ」というのは、在庫を持ち帰るのを嫌って無配同然に知ってる人たちやあまり知らない人たちに譲渡した分がそれなりにあったためです (当日はとにかく一刻も早く家に帰ってル・マンの続きを見たかった)。当然手元に一冊も残らず、後日若干数刷り直すハメになりました。何やってんでしょうね。レース前後とも色々言われましたが、とりあえずトヨタがようやくル・マンで勝ててよかった。次は強いライバルがいっぱいいる状況で熱烈な死闘を演じた末に勝ってもらいたいものですね (贅沢な!)。

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実は先日の鈴鹿10時間レースに行っていたのでした。それまで「鈴鹿1000kmレース」として親しまれた伝統の一戦を、今年から10時間の時間制レースにして、ついでに海外から有力チームをいっぱい (本当にいっぱい呼ぶつもりだったかは分らん) 招聘しよう、そうすると必然的にフォーマットはGT3カー・レースだな! てなノリで、多分バイクの方の鈴鹿8耐をかなり意識していたんでしょうね。10時間という微妙な時間設定の理由は、「時代が下るにつれて車が速くなり、1000kmの距離を6時間前後で走り切るようになったため (注: 1998年を最後にFIA GTの選手権から外れて以来、鈴鹿1000kmの事実上のトップ・クラスはJGTCのGT500だった)、世界戦化を機に一度レースの原点である長距離・長時間耐久に立ち返るため」と、鈴鹿サーキットの公式ツイッターで発言があったはず。


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土曜の予選開始直前にサーキットに到着。とりあえず近かった最終コーナースタンドに陣取って、ズーム最大で昔のダンロップブリッジあたりを狙った一枚。香港のKCMGのが持ち込んだNr23 ニッサンGT-R GT3、シャシーナンバーは1804-08A0のはず。今年投入されたばかりのアップデート型で、見るからに重心が高くて不安定そうだった先代よりだいぶ低くなっています。もともとブッ潰れたFIA GT世界選手権のあとをついで始まったブランパン・GTシリーズですが、今や耐久のBESにスプリントのBSS、アジア地区大会のBGTアジア (こちらはアマチュア・セミプロ中心)、欧州のアマチュア限定サポートカテゴリのBGTスポーツクラブと、戦線拡大はとどまるところを知りません。やっぱり高級時計屋はがっぽり稼いでるんでしょうかね。


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最終コーナーはフェンスもあるし、シケインを立ち上がった車がバビューンと加速していくので流すのが難しいし、正直あまりおすすめの撮影スポットじゃないです (もうちょっと上流に行ってシケイン突っ込みとかを狙うべきか)。これは全日本GTのGT300にいるムーンクラフト・エヴォーラ、いちおう往時の鈴鹿1000kmを意識してかGT300の独自規定車にも門戸を開いていたっぽいのですが、来たのはこれとアップガレージ・86MCのたった二台 (GT3カーまで広げればもう何台かいた)。古くからのJGTCファンにはおなじみの高橋一穂率いるカーズ東海ドリーム28の、マザーシャシー規定エヴォーラです。MCなのでエンジンは当然例のニッサンV8、いまのところ唯一のミッドエンジンMCですね。もとよりピレリの硬いタイヤに苦しみタイムが出ませんでしたが、日曜午前のウォームアップ中に高橋がクラッシュ。決勝レーススタート後も修理を続けるありさまでしたが、ついにピットアウトしていった時はグランドスタンドで拍手が沸き起こりました。その後も入退院を繰り返すボロボロなレースだったわけですが。


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こちらも全日本のビューワーにはおなじみゲイナーのGT-R、シャシーナンバー1805-08A0。この鈴鹿に合わせて紅白カラーに塗られ、全日本GT・GT500のホシノインパルから安田裕信が加わるなど気合が入ったオペレーション。レースでは序盤にル・マン優勝経験もある世界トップクラスのポルシェ使い、ロマン・デュマを安田が気迫で抑え込むなど見せ場を作っていました。エンジン搭載位置がかなり下がっているのが見えますが、そもそもVR38はけっこう重心が高い設計なので…。


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こっちはKCMGのNr018、シャシーナンバー1807-08A0。ゲイナーとは補助灯の位置や形状が違います。ちなみに今回は予算やイベントの都合でピット・パスは買わなかった (ピットでの公開イベントが土曜午前しかなかった) のですが、土曜夜にナイトオープンピットというのが設けられ、誰でも無料でピットエリアに入って整備風景を見学することができるというものでした。写真はその時のもの。ピット作業練習をしているチームもいました。


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スタートから2時間ほどはグランドスタンド一階で観戦。ここも高いフェンスがあるので写真写りはよくないですね。前述の安田vsデュマ、ビッタビタです。この日は正午過ぎの気温が35度C、空には雲ひとつ無い晴天という過酷な状況でしたが、グラスタ1Fには当然日差しを遮るものは (自分の帽子以外) なにもない。全身をじりじり焼かれるのは気合の力と水分補給でなんとかなっても、カメラの本体が日差しで熱されて、しまいには素手で持てないくらいアツアツになってしまったのには閉口しました。よく壊れずに持ってくれたものだ。ちなみにニコン1 J2という、今となっては中古屋の常連さん的な機種です。


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すぐ近くにアップガレージの応援団が陣取っていて、黄色とブルーの86MCが通るたびにのぼり旗を振り回していました。わざわざこのレースの図柄をあしらった黄色いTシャツまで用意されていて、なかなか力が入っていましたね。途中でレースクイーンと思しき女性たちが遊びに来たりと、GT300らしい適度なユルさも。このチームも予選まではタイヤでえらく苦労しましたが、決勝レースではしっかりセッティングを合わせてきて、欧州の強豪チームを相手にほぼ互角のラップ・タイムを出したりしていました。しかも中盤からクールスーツが壊れた状態で!
GT3カーは最近どんどんモンスター化しているとはいえ、基本は市販車改造カテゴリなので、たとえばサスペンションなんかは量産車のジオメトリーほぼそのままで、車重もそれなりに重い。そういう車が、荷重をかけつつタイヤを「つぶし」ながら発熱させるのに最適化されたコンパウンドは、サスペンションも車体もレース専用設計で車重も軽いMCにはまったく合わないわけです。「表面だけ発熱して終ってしまう」「そもそも熱が入らない」「タイヤの美味しいところは全然使えない」と、ドライバーからはなかなか壮絶なコメントがきかれましたが、やはりそこは全日本のほうで初優勝も果たしたアップガレージのチーム力でなんとかしたという感じですね。86MCはコース脇で見ていても素直そうな挙動で乗りやすそうだったし、何より音がいい。16年までのLMP2エンジンがちょうどこのV8 (ニッサン・VK45DE。MC用はもちろんニッサンバッジはついていない) でしたが、ああいう感じの乾いた爆音です。こいつの音聞いちゃうと、GT3カーのエンジンなんて蚊の鳴くようなもんですよ、ええ。

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イギリスのガレージ59が持ち込んだマクラーレン650S GT3。これまでメーカー・カラーのオレンジ主体でしたが今季から突如油彩画みたいなハジけた塗装に。カラーリングは大好きだったので撮りまくってやるつもりでしたが、3時間目ぐらいに130Rでベントレーとぶつかってクラッシュ、あえなくリタイヤ。グラスタから移動する間もなく消えてしまったのでありました。今年の鈴鹿で一二を争う痛恨事でございます。ちなみにこのチームのメカさんたちとは、レース後にちょっとした仰天イベントが発生していたりしましてね…。


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世界耐久を長く見ている人には懐かしい響きのストラッカ・レーシング。今回の鈴鹿には三台を持ち込んで来ました。基本はAMGのワークス・カラーそのままなんですが、ルーフとリヤウィング裏にチームのシンボルである「大文字のK」を入れているのが素敵。二位でフィニッシュしたNr43はベンツの秘蔵っ子マキシ・ゲーツにアルヴァロ・パレンテ、ストラッカが大事に育てている (?) ルイス・ウィリアムソンの布陣。パレンテとかぼくの記憶の中ではいまだにマクラーレンGTの契約ドライバーですよ。知らないうちにK-PAXのベントレーに乗ってたりベンツに派遣されて来たり、いやはやGT3界隈も人材の流動が激しいですね。


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こちらもレースの目玉、マンタイ・レーシングのポルシェ。17年のニュルブルグリンク24時間レースで登場した強烈な黄緑色の塗装そのままで日本にやってきました。GREen+yeLLOwなので「Grello」という愛称がついています。ドライバーもエース部隊と呼ぶにふさわしい陣容でしたが、終盤の自爆スピンやら何やらで12位。今回ポルシェは苦しんでいましたね。写真をよく見るとヘルメットでロマン・デュマが操縦していることが分ります。ところで、今年のニュルブルグリンク24時間レースで勝ったNr912はこれの色相反転カラーだったんですが、そいつは逆にYELLow+grEEnで「Yellee」とか呼ばれないんですかね。これ以降1コーナー外側のスタンドより撮影です。


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アップガレージ86MC。真横から見ると特異なディメンションがよく分ります。真夏の耐久仕様ということで、ボンネット上のエアアウトレットには大型フェンス、ルーフには無塗装のエアスクープ (操縦室内導風用?) が。平面形のディフューザーを後ろに伸ばして、その床面からリヤウィングを立てる処理は、たとえばCR-Z GT300なんかも取り入れていましたね。ちょっとちぐはぐな感じもしますが、ぼくはこの車のスタイルが結構好きだったりします。


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西日に向かって走るグッドスマイルAMG GT3。この赤ベースの塗装は、イギリスのramレーシングとジョイントして出走した昨年のスパ=フランコルシャン24時間レースに持ち込まれたものがベースですね。あの時は予選で小林可夢偉が車をぶっ壊して、決勝レースは灰色のワークス・カラーに塗られたスペアカー (ベンツ本社からお取り寄せ!) に、右ドアだけ移植していたのでありました (これだけやっても結果は周回遅れと接触してリタイヤだ)。このレースでは全日本GT組の一台として、ベンツのワークス・サポートを受け出走。総合5位はまぁ立派なもんだ。上の4台はぜんぶBESにレギュラーで出てる、ヨーロッパの超強豪ですからね (グルッペMとかはチームとしては違うけど、ドライバー陣営がまちがいなく確信犯)。


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8時間ぐらいトップを走り続けて優勝したグルッペMのベンツ。チーム自体は香港かどこかに籍をおいて、BGTアジアやマカオGTワールドカップとかに出ているところ。今回日本に近いからなのか、ワークスがサポートしていたのですが、ドライバーがなんとマロ・エンゲルにトリスタン・ヴォーティエにラファエレ・マルチェロ。もうそれAKKA ASPのワークス部隊そのまま連れてきたのと変わらないぞ。理由は不明ですがRX-78-2カラーでした。「GruppeM」→「GundaM」、なのかなぁ。


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初来日のキャラウェイ・コルベットGT3。ドイツのキャラウェイ・コンペティション (95年ル・マンとかに出ていたアレそのものかは調べてないけど、アレもフランク・イェリンスキとか乗ってたし多分そうだよね?) がほぼ手作業でつくったGT3カーを、おそらく「日本の金持ってるチームが興味ありそうにしてたから、俺たちゃ金だけもらうんで車送っとくよ後はよろしく~」的なノリで、スーパーカー輸入販売業のビンゴスポーツに任せた (丸投げした?) やつ。せめてダニエル・カイルヴィッツ送ってくるなりなんなりしてほしかった。準備期間が足りてなかった割に大きなトラブルも出さず完走できたのは立派だと思う。まぁ順位はそれなり程度だったけど、ドライバーは三人とも主にPCCJ上がりのアマチュアやセミプロとあれば仕方ないですね。この車体をこの目で見られたこと自体に意義があったというか。全日本GTのGT300でレクサスを運用するLMコルサのチームクルーが、アシストメンバーとしてそれなりの数が合流していました。


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重戦車ベントレー。今年から新型になったコンチネンタルGT3の日本初上陸です。いやデカかった。この図体だけどエンジンは完全に前車軸のうしろにあって、しかもギリギリまで低く載ってる (こいつの設計は確かMスポーツのクリスチャン・ロリオーだ。あのフォーカスWRCの、と言えば通じる?) ので、正面からだとフードを開けても見えないんですよエンジンが。低重心もそうだし、図体がでかいと床面積が広くなって、その分L/D比的においしいダウンフォースが増えるので、力士が極真空手家並の立ち回りをしてくるようなことになるわけです (先代はけっこうデリケートな操縦性だったらしい)。新型はリヤウィング支柱がなんか妙で、間隔も広い (リヤフェンダーから生えている) し前後方向にやけに太い。これ内部の構造部材どうなってるのかな…。見えづらいですがテールライトも面白い形状です。


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アウディ・ワークスであるWRTのNr66。BESではNr1をつけている機体です。なんでNr66なのかは不明。ご覧の通り日の丸カラーになっていて、なんとなくワークス時代のフェニックス・レーシングっぽいですね。ドリース・ヴァントールは兄ローレンスともども初来日だったかな?

ぜんぶの車を紹介するのが目的ではないし、正直人に見せられるレベルの写真はほとんど撮れていないので、写真はこのぐらいで。10時間レースで出走35台というのはいささか少い気がするし、ヨーロッパのチームが思ったほど来ていなかったし、某チームの関係者は「先月の (注: スパ24時間のこと) は60台もいたのに…」と残念そうにこぼしていましたが、(公式には1000kmからの連番で第47回だったけど) 実質的に初開催ですからねぇ。これからでしょう、これから。クソほど暑くて普通に死を覚悟しましたが来年も行きたいです。とりあえずそこそこ良いカメラが欲しい。まわりのサーキット現地オタクがみんなカメラ沼にハマったり漬かったりしている理由がなんとなく判ったレースでした。あと冬コミは出たいです。でもいいネタがないんだよなァ。

2018年6月12日 (火)

CuFes新刊情報

長らくご無沙汰してしまいごめんなさい、特に何事もなく生きていました。状況としては、生活環境がちょっと変わったあたりでちょうどよく体調をかなり崩してしまい、しばらくインターネットをする気力すらなくなり、ひと月ぐらい経ってやっと復帰したと思ったら今度は17日に出す新刊がこのままだと間に合わない! というので、毎日鬼のような顔をして絵を描いたり模型を作ったりゲームであそんだりしていた次第でございます。

さて情報です。きたる2018年6月17日 (日曜日)、12:00~15:30に横浜産貿ホール・マリネリア1Fにて開催される同人誌即売会「Cute Star Festiv@l 02」内オンリーイベント「Clover Fields Cherry」内スペース「エ-04」において、アルファコルセ単体としては二冊目の新刊を発売する運びとなりましたので告知いたします。
本の内容はおなじみ緒方智絵里フルカラー・イラスト本、今回はA4正方形・フルカラー24pで500円となっております。また今回の本には、ゲストとして新進気鋭の切り絵作家「watson」氏、独特な世界観の智絵里イラストで知られる「momomo」氏のお二方をお迎えしております。お二方にはいずれも普段の緒方智絵里とはちがったイメージの作品を寄稿していただくことが出来、そちらも必見の仕上がりとなっておりますので、何卒よろしくお願いします。
今回は体調やスケジュールの関係で、当初予定していた962C本の再販 (冬コミのアレです) や新規グッズまで手が回らず、とりあえず新刊が落ちなかっただけで万々歳、といった感じになってしまいましたが、イラストのほうは散々な結果に終ってしまった前々回 (去年のこの時期の歌姫ですね) のリベンジとばかりに気合を入れ、おおむね仕上がりには満足の行くクオリティになったかと思われますので、横浜という都内から若干離れた会場ではありますが、ぜひお手にとっていただければと思います。

ちなみに、察しの良い読者の皆様はお気づきかと思いますが、6月16日から17日にかけて、2018/19年FIA世界耐久選手権第2戦・第86回ル・マン24時間レースが開催されます。日本時間の日曜正午~15時頃は、フランスではちょうど日曜午前4時~8時頃、ちょうどル・マンでもっとも美しい日の出の時間帯にあたりますが、これを記念 (?) して、当サークルではささやかながらル・マン24時間レースの中継映像垂れ流し (公式アプリなので英語音声) を行いたいと思います。ご興味のある方は (混み具合を忖度しつつ) ぜひ見に来てくださればと思います。

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2018年2月25日 (日)

新大陸より ~SCG 003Cプロジェクト~

ドイツ・アイフェル山中で毎年五月末頃に開催されるニュルブルグリンク二十四時間レースは、現在世界各国で開催されているプロフェッショナル~セミ・プロレベルの二十四時間レース大会のなかでは、ベルギーのスパ=フランコルシャン二十四時間レースと並んで、最も早い時期からFIA GT3規格の車輌を受け入れてきたことで知られている。いわゆるGT3カーが初めてニュルブルグリンク二十四時間レースに参戦したのは二〇〇九年のことであったが、GT3規格の「ある程度高性能な市販車ベースのレーシングカーを、低価格で広く提供する」という方針にニュルブルグリンク二十四時間レースの方向性が合致し、二〇一〇年代初頭までには総合優勝をあらそうチームはすべてGT3カーで参戦するようになっていった。同レースにおける最後の非GT3車による優勝は二〇一一年のマンタイ・レーシング・ポルシェ911GT3 RSR (当時のGT2規格。現在ではGTEに分類されるカテゴリ) によるものであり、この年以降は総合優勝争いにGT3規格以外の車輌が絡む光景は見られなくなった。

投資家・B級映画監督・番組プロデューサーの肩書を持つアメリカ人ジェームス・グリッケンハウスは、自身のファミリー・ビジネスである株式投資で財を成し、その財産を趣味の自動車コレクションに注ぎ込んでいた。無類のフェラーリ好きであった彼は、クラシック・フェラーリのさまざまな名車を購入するだけでは飽き足らず、フェラーリのスーパーカーであるエンヅォ・フェラーリをベースとしたオリジナル・デザインの車輌を、デザイン工房であるピニンファリーナ社に発注するに至った。この車は「フェラーリ・P4/5」と名付けられ、グリッケンハウスはそのレース仕様車である「P4/5コンペティツィオーネ」を二〇一一年のニュルブルグリンク二十四時間レースに参戦させたのである。P4/5Cはエンヅォよりひと回りちいさいフェラーリ・F430スクーデリアをベースとしており、車体設計は当時のFIA GT2 (現GTE) 規定に準拠して製作されていた。この車は翌二〇一二年には「P4/5C M」(Mは伊語「改造」を意味するModificataと思われる) へとアップグレードされ、総合一二位で完走するに至ったが、非公式のレース活動に関与することを避けたがったフェラーリ側が部品類の供給を停止したため、ジェームス・グリッケンハウスのレース活動はこの年限りでいったん途絶えることになった。

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スパークモデル製・品番SG334、「トラウム・モータースポーツ・SCG003C」1/43スケールモデル。二〇一七年のニュルブルグリンク二十四時間レースに参戦した二台のSCG 003Cのうち一台、シャシー・ナンバー4の個体を再現している。カーナンバー704の当該個体はジェフ・ウェストファル/フランク・マイユー/アンドレアス・シモンセン/フェリペ・F・ラザーの四名が操縦した。SCGは「スクーデリア・キャメロン・グリッケンハウス」の略 (キャメロンは母方の姓) で、このオリジナル・カーを製作するために立ち上げられたメーカーの名称である。

フェラーリからの援助が見込めないと知ったグリッケンハウスは、しかしレースをあきらめようとはしなかった。フェラーリ車が使えないのであれば、自身の名を冠したオリジナルの車でニュルブルグリンク二十四時間レースに参戦しようと考えたジェームス・グリッケンハウスは、元ピニンファリーナ社の技師パオロ・ガレッラを頼り、ガレッラが立ち上げた「トリノ自動車製作所 (Manifattura Automobili Torino)」に、彼のための新型車の設計を一任した。ガレッラはピニンファリーナ時代にグリッケンハウスの依頼でP4/5を設計した人物であり、二〇一一年にM.A.T.を立ち上げた後もP4/5コンペティツィオーネの製作に携わるなど、グリッケンハウスとは縁が深かったのである。二〇一三年に開発が発表された新型車は当初「P33」として公表されたが、二〇一五年のジュネーヴ・ショーで公開された際には「SCG 003」という名称が与えられていた。このうち最初に公開されたレース仕様車は「SCG 003C」(CはCompetizione=競技用の意) とよばれ、心臓部には当時LMP2規格のスポーツカー用に安価で販売されていたHPD HR35TT型 (ホンダ製J型エンジンをベースとしている) 3.5リッター・V型6気筒ターボエンジンが選ばれた。実戦ではこのエンジンをベースに、MAT側でさらにチューニングを施したものを使用しているとされている。ギヤボックスはこのクラスのレーシングカーに多用されるヒューランド製六速セミオートを積む。


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スパークモデルは毎年ル・マン、ニュルブルグリンク、スパ=フランコルシャンの各二十四時間レースに参戦した車輌を多くモデル化しているが、二〇一七年からはル・マンに続きニュルブルグリンク二十四時間レース参戦車にも専用デザインの紙製スリーブ・ケースが奢られるようになった。この年から刷新された大会公式ロゴマークをあしらった清潔感のあるデザインで、目に清々しく映る。


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車体全体を俯瞰する。オリジナル・デザインのレーシングカーでありベースとなる市販車はもとより存在しない (二〇一七年以降、この車をもとに再設計した市販車バージョンが生産を開始するとされており、すでに先行試作型が数台完成している) が、まるでGTカーとプロトタイプ・スポーツカーの折衷のような外見をしている。並列複座式の幅広なキャビンや低いサイドステップ部などは市販車ベースのGTカーを強く想起させる一方で、ボディから半独立式に配された前後フェンダーや細く絞り込まれたノーズ、車体後端に向かって急激に傾斜するボディ後部などは、現代のプロトタイプ・スポーツカーの文法に則って設計されていることが分る。ほとんどワンオフ設計なのだから当たり前といえば当たり前だが、世界中どこを探しても似たようなデザインが存在しない、じつに強烈な車である。

二〇一五年にお披露目されたSCG 003Cは、早速この年のニュルブルグリンク二十四時間レースに二台が参戦した。GT3カーではないため、同規格のために改編されたSP9 GT3クラスではなく、もとは自動車メーカーの先行試作車などのためのクラスであるSP Xクラスからの参戦だったが、エンジン出力などのチューニングはGT3カーと同等に合わせられ、総合優勝を競うGT3カーたちと同じ土俵で戦うことになった。レースでは一台が予選中にクラッシュし、修復がまに合わず決勝レースを欠場することを余儀なくされたが、残った第一号車が予選二十四位から二十四時間の過酷なレースを走りきり、一五一台中三十五位で完走を果たした。この第一号車は途中オルタネーター・ベルトなどのトラブルで長時間の修復作業を余儀なくされたものの、一時は総合十一位まで追い上げ、並み居る強豪チームのGT3カー相手に一歩も引かぬ戦いを演じてみせたのである。

翌二〇一六年、開発・熟成期間を終えたSCG 003Cはいよいよ本格的な攻勢に乗り出した。マッキナ・ウーノ (伊語「一号機」) と名付けられたシャシー・ナンバー1の車輌がNr701、マッキナ・ドゥーエ (同「二号機」) と名付けられたシャシー・ナンバー2の車輌がNr702を背負い、前年と同じく二台体制でニュルブルグリンク二十四時間レースに参戦したが、ドライバーにニュルブルグリンクのコースをよく知るフェリペ・ラザーやGTレースの大ベテランであるイェロン・ブレーケモルンを加え入れ、主に人材面での強化を図ったのである。この年はNr702が予選二十一位、Nr701が二十三位からのスタートであったが、Nr702は好調に周回を重ね、日付が変わる前には総合四位にまで順位を上げるほどであった。もう一台のNr701もトップテンに食い込むなど勇戦敢闘したが、夜明け前に二台とも過給器のトラブルに見舞われ、修復に時間を取られた結果、またしてもせっかくの勝機を逸することになった。Nr702はその後挽回して一五八台中二十六位で完走したが、Nr701はフィニッシュまであと九十分というところで周回遅れの車と接触しリタイヤに終った。二〇一六年にはニュルブルグリンクでのレース以外に、三月にイタリアのムジェロ・サーキットで開催されたアマチュア向けの十二時間レースにも参戦するなど走行距離を重ねたが、過給器やギヤボックスなどにトラブルが相次ぎ、その対応に追われる結果となった。九月に開催されたニュルブルグリンクのレースで四位に入ったのが、この年のSCG 003Cの最高位だった。


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側面形を見る。鋭く尖ったノーズ先端部やドア直前で裁ち落とされたフロントフェンダー、そこから長い支柱を介して取り付けられるサイドミラー、リヤカウル上の垂直安定板など、おおよそ市販車がベースであるGT3カーとは似ても似つかないスタイルをしている。黄・白・黒のカラーリングは二〇一五年のジュネーヴ・ショー以来使われているSCGのオフィシャル・カラーで、ノーズ先端に戦闘機のようなシャークティースが描かれているのが特徴。タイヤは二〇一五年以来一貫してダンロップ製を使用している。


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リヤウィングはGTカーでも徐々に普及しはじめている吊り下げ式。傾斜したリヤデッキ後端にはガーニーリップが取り付けられているが、左右端部のエア・アウトレットに合わせて高さが変化しており、繊細な処理が施されていることが分る。ディフューザーの高さは現代のGT3カーに比べると若干低いが、ボディ全体で十分な量のダウンフォースを獲得できているという。リヤフェンダーの後端部にかけて、かつてアメリカで流行したテール・フィン様の処理がなされている点にも注目したい。この部分がフェンスとなって、リヤウィングに向かう気流を多少なりとも整流していると思われる。

二〇一七年は、SCG 003Cにとって三年目のシーズンだった。前年からスクーデリア・キャメロン・グリッケンハウスはSCG 003Cをカスタマー・チーム向けに貸し出す計画を実行に移そうとしており、SCG社のレース活動を統括する組織としてあらたにトラウム・モータースポーツSAが立ち上げられた。ドイツ語で「夢」を意味するチーム名を持つトラウム・モータースポーツが本格的に活動しはじめたこの年、SCG 003Cはその活動期間を通してもっとも優勝に近いところに立っていた。四月下旬におこなわれたニュルブルグリンク二十四時間レースに向けての予選レースで、SCG 003Cがポール・ポジションからトップを快走したのである。自動車メーカーが大金を注ぎ込んで開発したGT3カーの軍勢を、ひとりのアメリカ人の情熱によって作られた一台のレーシングカーが圧倒するかと思われたが、その後SCG 003Cはブレーキ・トラブルでリタイヤしてしまい、初優勝の夢はレース本番に持ち越しとなった。しかしこのレースでSCG 003Cはレース中の最速ラップを記録しており、並み居るGT3カーと互角の勝負をして優勝戦線に斬り込めるだろうという期待は高まった。ドライバーのひとりであるフランク・マイユーは、予選レースを終えた段階でつぎのように語った。
「今年は勝てるチャンスが十分あると思う。過去二年間にわたって、いろいろな信頼性の問題を見つけては解決してきたが、今年は特によい状態でレース本番に臨めると感じている。壊れさえしなければ、勝負はできるだろう」

ニュルブルグリンク二十四時間レースの予選日に、SCG関係者の期待と興奮は最高潮に達した。トップ三十台によるスーパーラップ形式の予選アタックで、Nr704を操縦するジェフ・ウェストファルが8分15秒427のタイムを記録し、ポール・ポジションを奪ったのである。二位のランド・モータースポーツ・アウディとは0.675秒差だった。これには世界中が仰天した。たったひとりの「夢」に突き動かされるようにして製作された、世界のどこにも同規格車の存在しないレーシングカーが、莫大な資金や人員や時間をかけて製作され熟成された市販GT3カーの壁を、ついに突き崩した瞬間だったのである。一九七〇年から四十五回開催されているニュルブルグリンク二十四時間レースの歴史において、ドイツ車以外の車がポール・ポジションを奪ったのは、この年がじつに二度目だった (一度目は二〇一一年大会のフェラーリ・458GTC)。タイム・アタックを受け持ったジェフ・ウェストファルは、つぎのように喜びを表現した。
「(この) 車の開発は、二歩すすんで一歩さがるようなことのくりかえしだったけど、ついにこうして世界でもトップレベルのレーシングカーを倒して頂点に立つことができた。ぼくにとっては大戦果だ」
プロジェクトの推進者であるジェームス・グリッケンハウスも、つぎのようなコメントを残した。
「世界中の情熱ある人間を集めたちいさなチームが、四十台のワークス・カーを相手にまわして対等に戦えるなんて驚きだ。信じられない」
一秒未満の差で予選二位に終ったランド・モータースポーツ・アウディのコナー・デ・フィリッピも、グリッケンハウスの健闘をたたえてこう言った。
「モータースポーツ全体にとってすばらしい日になった。ちいさなチームがトップを奪ったというのはクールだよね、しかもアメリカのチームというのがまた格好良いんだ」


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フロントまわり。半独立式のフロントフェンダーとモノコックの間を複数層のデッキでつなぐ構成も、二〇〇〇年代後半以降のプロトタイプ・スポーツカーの設計を彷彿とさせる。ヘッドライトは縦型のものがフェンダー先端に装備されており、上下四段の並列三灯式LEDクラスタが埋め込まれている (二〇一五年登場の初期型では、LED二段+円形ランプの構成であった)。ライトカバー上部にあるオレンジ色の三角形は、ヘッドライト用ティアオフ (複数枚重ねられたビニールシートで、汚れなどを拭き取るかわりにこのシートを一枚ずつ剥がして透明度を保つ) の持ち手部分である。モノコック先端下部には何かの冷却器が置かれているが、これが過給器用の中間冷却器なのか、はたまたオイル・クーラーなのかは判然としない。この位置に冷却器を持ってくると、空気抵抗や慣性モーメントの増加といった悪影響があるのだが、おそらくこの車の場合、ほかに持って行きようがなかったのだろう。フロントノーズから伸びる下段デッキ (黄色) と、前端にLEDライトが仕込まれた上段デッキ (カーボン) の間の空間には、ブレーキ冷却用のダクトなどが設置されている。

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黒いカーボン地なので見えづらいが、L字型のサイドミラー支柱がフロントフェンダー後方の開口部から生えているのが分る。この部分にはミラー支柱とは別に、縦方向の整流板が一枚入っている。ドア開口部直下に水平のデッキが設けられ、擬似的なツインフロアのような構成になっている。下段フロアは現在のDTMや全日本GT・GT500クラス車輌のラテラルダクト部に近い役割を持っているものと思われ、側面の開口部には低いフェンスが立っている (ジャッキアップ・ポイントを示す黄線の折れ曲がりで分る)。
ミラー面の隅にちいさな円が見られるが、これは後方視認用カメラで、左右ミラー隅のカメラの映像をコックピット内・メーターパネル左右のモニターに表示するためのものである。GTカーにおいて後方カメラはめずらしい装備ではないが、カーナビのような一画面式ではなく左右別々に映像を表示するタイプのものは、おそらくこの車が唯一と思われる。

レースがスタートすると、黄色く塗装されたSCG 003Cは一六一台の大艦隊を率いて予選第一位から飛び出し、後続のアウディ二台の猛攻をしのぎながら走り続けた。もう一台のNr702も予選十三位から好スタートを決め、一周目を終える頃にはトップテン圏内に食い込むと、メルセデスベンツやアウディのGT3カーを激しく追い立て始めた。しかしレース開始から二時間半後には、早くもNr704が周回遅れの車と接触したためピットガレージでの修理を強いられ、トップ争いから脱落することになった。かわってNr702が猛然とスパートしはじめたが、この車も土曜日の日没後にエンジン関係のトラブルを起こし、修復のためピットインしたことにより大きく遅れを取ってしまった。すべてが新設計であるSCG 003Cは、二年が経過しても信頼性がまだ完全ではなかったのである。Nr704はその後マイナー・トラブルを抱えながらも、日曜午前には総合十一位まで挽回を果たしたが、レースが残り五時間というところになって、コース後半の高速セクションでフェリペ・ラザーの操縦中に単独クラッシュし、修復不能と判断されリタイヤした。一方のNr702は、日曜日の朝に燃料系のトラブルが発生し、ふたたび長いピットインを強いられたものの、その後は粘り強く走り続け、総合十九位で完走を果たした。勝ったのは予選二位からスタートしたランド・モータースポーツのアウディ・R8 LMS GT3だった。


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リヤウィングの支柱は比較的単純な形状で、一枚タイプのリヤウィングが吊り下げ式に取り付けられている。リヤフェンダー後方のテールフィン部分を避けて、翼端板には切り欠きが設けられている。現代のスポーツカーへのオマージュと思われる垂直安定板の右舷側にはカーナンバーが書かれている。二〇一七年のニュルブルグリンク二十四時間レースにジェームス・グリッケンハウスは二台のSCG 003Cを持ち込んだが、Nr702がマッキナ・ドゥーエ (二号シャシー)、Nr704がマッキナ・クアトロ (四号シャシー) であったことが、レース映像や写真から確認できる (ドアを開けた際の内装サイドシル部分に表記がある)。マッキナ・クアトロはこれまでのレースでは確認されていない個体であり、二〇一七年になってから新造されたものと推測される。


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先述の通り、マッキナ・クアトロことNr704は予選でポール・ポジションを獲得はしたもののレースではリタイヤに終っているため、本来この個体のレース・リザルトとして特記に値する戦果は存在しない。スパークモデルの製品群においても、通常は「レース順位」または「クラス順位」が上位である場合のみ、台座の車名表記にその数字が併記されることになっている。しかしこの製品においては、写真でも分る通り、「二〇一七年ニュルブルグリンク二十四時間レース・ポールポジション」の文字が台座に刻まれている。スパークモデルの製品において、予選ポール・ポジションを獲得した車輌の台座にその旨が表記されるのはなかなかに異例のことであり (筆者はほかに例を知らない)、この車のなし得た偉業に対するスパークモデルからのささやかな祝福のようにも思える。

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現在SCGとトラウム・モータースポーツは、SCG 003Cのカスタマー・チーム向けプログラムを始動させており、すでにこの車はニュルブルグリンク二十四時間レースやその系列戦以外のレースに散発的に参戦を開始している。今やすっかり世界中のGTレースカーの主流となったGT3規格車ではなく、予算規模・開発期間とも大メーカー製のGT3カーとは比べるべくもないこの車が、つぎなるジャイアント・キリングを見せてくれるのは、そう遠くない未来のように思える。

スクーデリア・キャメロン・グリッケンハウス・SCG 003Cは、公式によるナンバリングを信用するなら四台が製作されたと思われる。
SCG 003Cの第四号シャシー、公式名称「マッキナ・クアトロ」は、おそらく二〇一七年三月までに製作され、同年四月のVLN (ニュルブルグリンク耐久選手権シリーズ) 第二戦で実戦デビューを果たした。このレースでは十二位で完走している。その後同月末のニュルブルグリンク二十四時間レースの予選レースに参戦したのち、五月末のニュルブルグリンク二十四時間レースに参戦しポール・ポジションを獲得したのが、二〇一八年二月現在この個体最後の戦歴である。

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