2020年4月21日 (火)

シンデレラステージ8step参戦記

相変わらず筆不精で月イチ更新すらままならないですが、生きてます。世間はコロナ風邪で上を下への大騒動ですが、ぼく個人は (もともと病気をいっぱい持っているからか?) 特に体調がおかしいということもなく平常運転ですね。F1はいつ開幕するやら…。

さてシンステ、もう一ヶ月以上経っちゃってるんですが、告知記事だけ上げてその後の経過は報告しないというのも性に合わんので、デブリーフィング的に書いておきます。
東京→神戸は夜行バス。同じバスにシンステ行きのオタクが自分以外に2名もいることが判明し冷や汗をかく。時期的にコロナ風邪が「そろそろやばいのでは」という空気が流れ始めていた頃でしたが (強行開催するには本ッ当にギリギリのタイミングでしたね…)、バスは割と満員に近い状態でした。さすがに全員マスク。ここで手放せない眠剤を家に置いてきたことに気づき絶望。ついでにスペースの机に敷く敷布も忘れてきたことに気づき2倍の絶望 (敷布はなんと土壇場でサークル「瓦斯欠レーシング」のやんぱら氏が貸してくださった。感謝!)。けっきょく総睡眠時間は2時間ぐらいでした。この時点で前途多難というか、先行きが怪しくなり始める。

到着は朝7時過ぎ。会場に近い神戸・三宮駅到着ということで、新宿とか池袋みたいな感じのバス寄せを想像していたところ道端で降ろされボーゼン。どうやら三宮のバス停というのはそういうものらしい…。土地勘のある人はピンとくると思いますが、あの辺はJR西 (ここだけ「三ノ宮」表記)・阪神線・阪急線・地下鉄線がちょうど重なり合って位置していて、東京モンはテキメンに迷う。会場へ行くにはポートライナー (東で言うゆりかもめに近い) に乗ってポートアイランドという人工島に乗り込まなければならないのですが、まずこのポートライナーの入り口を探すのに30分ばかり周囲をウロウロしていました (設営道具一式持参で!)。あとで現地住民の売り子に聞いた話ですが、たまたまJR側からポートライナー側まで出るルートが工事で塞がっていて、遠回りしなければいけなかったようです。

時勢を受けてイベント開始時間は1時間短縮され3時間レースとなり、参加チームの入場開始時間は当初午前9時だったのが午前10時に変更されていました。微妙にヒマを持て余した状態でしたが、日曜の朝8時に開いている店など一軒も見当たらないということ、土地勘がないので何がどこにあるか見当がつかないこと、会場までのルートも図上演習 (Googleマップ予習) 以外全く把握できていない状態だったので、安全をとって午前8時ぐらいに人工島入りすることに。ところがこれが大きなマチガイで、あの人工島、会場であるコンベンションセンターとホテル、そして (なぜか) イケア以外めぼしい施設がなんにもないのでありました。上陸前に朝食をどっかで食べておくんだったと激しく後悔。幸い会場付近の大きいホテルの1Fにイートイン付きのコンビニがあり、そこで朝食をモサモサと食う。開店時間の午前9時を見計らってその近くのカフェ (会場徒歩5分ぐらい) に移動し、ここでさらに30分ほど時間をつぶしたのち、事前にお願いしていた売り子氏と会場前にて無事合流。手土産としてアメリカでしか売ってないチーム特注モデルカー (普通に輸入できた) を格安で売りつける。

設営はいつもどおり20分ぐらいで終了。しかし設営前に10分ほど椅子に座ってダウンしており早くも疲労が顔を出し始める。会場は神戸国際展示場というところの2号館ホールで、内装は正直ちょっと古くさい感じでしたが清潔感はあり、天井も高くて広い。いつも歌姫でお世話になる蒲田某所の10倍ぐらい広いし空気もいい。あのスペースに、だいたいだけど800サークルぐらい (時勢の影響で欠場するサークルが多かったが、それでも全体の3割前後らしく、600サークル弱はいたことになる。実際歩いていてもそんなに過疎感は無かった) がデレマスオンリーで参戦するわけですから、これはもう「東の○○、西の○○」というようなもんではなく、日本随一のデレマスイベントです。例えるならEWCの鈴鹿8時間…? 

レースは正午~15時の3時間。寝不足のせいで設営完了の時点でだいぶ体力を消耗しており、さらにエナドリで体に鞭打って知り合いサークルへの挨拶回り・行きたいサークルの場所チェックなどもやったので、スタートの時点で体力残り30%ぐらい。それでも初参加のシンステなので、なんとなく高揚感はありました。例によってイベント中は買い物以外ほぼ死んだ目で椅子の上で伸びているというザマ。初遠征イベントで、ギリギリまにあった新刊以外に既刊を3種も持ち込むというパワープレイでしたが、うち既刊2種が完売 (在庫分を捌き切った) したので、リザルトとしては上々でしょう。新刊も完売こそしませんでしたが、当初の予測よりは売れたことと、見せた人の反応も概ねわるくなかったので、これはこれで及第点かな (ちょっとアヴァンギャルドな構成の本だったので受けるかどうか若干不安があった)。

15時に無事レース終了となり、さあ人工島から脱出だというところでポートライナー大混雑。そういやここはアクセスがこの一本しかないんだった… (蒲田はJR東・京急の2ルートある)。まだ早い時間ということもあり、三宮は神戸の真ん中なので市内観光と洒落込むのもよかったかもしれませんが、何しろ昼食も食べないで寒い中荷物を引きずって歩いていたので疲労が限界に達し、売り子氏の案内で○亀製麺まで這い着いて、そこで2時間ほど根を生やしていました (雑談中に半分寝てたかも…)。

その後疲労が深刻ということで、売り子氏に案内していただいて三宮駅前のネカフェで休憩を取りつつ帰りのプランを考える。売れた本の分だけ軽くなったとはいえ重い設営道具もあるし、何よりグロッギーを通り越して瀕死状態の主筆が帰りの夜行バスに耐えられるとは思えなかったため、急遽プランを変更し新幹線で当日中に東京へ戻ることに決断しました。お金は飛んだけど体調が第一です。その後のことはすさまじい疲労でほとんど覚えておりませんが、とりあえず無事に家に帰還出来たとは申し上げておきます。

総括というか教訓というか、とにかく不眠症なのに夜行バス乗車にあたって薬を忘れていったというのがケチの付きはじめ、諸悪の根源じゃないけど、あれで全部狂っちゃったような気はしますね。もともと同人イベントは結構体力を使う (と思っている) ので、その前の段階で疲労困憊するような行為は厳に慎むべし。結果的には窮余の一策として採用しましたが、新幹線で当日中に離脱するのは結構いいアイディアだと思いました。今回は疫病のせいで欠席サークル多し、参加者すくなし (でもそこまで空いてる感じでもなかったな) と、イベントとしては片手落ちに近い状態だったので、もし次回まで生きていればアルファコルセとしてのリベンジマッチもあり得るかもしれない…? いやわからないか。主筆のネタと創作意欲と命が来年3月まで続いてるかが問題だな。

アルファコルセ初の関西遠征レースとなった今ラウンドでしたが、書いたとおり及第点レベルのリザルトは出せたのかなとサークル主宰としては考えています。つぎのイベント予定は横浜にて7月開催予定のCuFes (開催出来るかな…)、ここではアルファコルセとしての総集編的な本を出したいなと思っています。アルファコルセは17年ル・マンの一週間後に始まったサークルで、この7月でちょうど3周年なので、一種の記念というか一里塚というか、ね。

最後になりますが、ぼくの無茶な要求を受けてくださり、売り子にとどまらず当日いろいろと助力してくれた「きんざん」氏に、サークル「アルファコルセ」を代表して最大の感謝を捧げます。彼がいなければ今頃ぼくは神戸で行き倒れ行旅死亡人としてどこかの無縁仏になっていたことでしょう。そして当日敷布を貸していただいた「やんぱら」氏にも感謝を。ご両名とも本当にありがとうございました。


Setup

2020年3月 8日 (日)

シンデレラステージ8step 新刊etc

年初の記事で言及しましたが、神戸・三宮で開催されるデレマス系同人誌即売会「シンデレラステージ 8step」に参加する予定です。以下新刊の書影、ポスター、当日のお品書き。


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お品書きの通りですが、当日は既刊3種も持参する予定です。いずれも残部僅少なので欲しい方はお早めに。

さて新刊の話。告知ツイートの方で「文字多め?」と書きましたが、今回の本は夭折の画家・村山槐多が書き残した詩篇とのコラボレーションというか、詩画集のような体裁です。「ガランス」はフランス語で茜色、暗い朱色を指す語で、槐多が好んで使った色としても知られています。そして何気にアルファコルセとしては初の「表紙の題字が和文の本」なんだな。中身も当然ながら日本語が使われており、いままでの「レギュレーションで規定されている奥付部分以外に全角文字がまったく出てこない」アルファコルセのスタイルからはちょっと離れた、いささか冒険的な構成の一冊です。もともとは艦これ本でそういう体裁の (詩画集みたいな) イラスト本を出している例を何点か見かけて、それを智絵里でやりたいな、と思ったのがきっかけ。ちょっと多めに刷ったので、もしかしたら7月の第3回・智絵里オンリー (関東開催) にも持っていくかもしれません。

イベント会場は神戸国際展示場、ポートライナー「市民広場」駅からすぐの場所で、開催時間は11:30~15:30の予定です。当日アルファコルセのスペースは「だ-07」、ホール出入り口からほど近いロケーションです。このあたり一帯がいわゆる「智絵里島」、緒方智絵里関連の創作物が密集している地帯ではないかと思われます。

疫病の流行で欠席者が相次いでいる状態ですが、コロナだろうがエボラだろうが主筆は這ってでも神戸入りする所存ですので、会場ではよろしくお願いします。日付的にF1開幕戦・豪州GPと (時間まで) 被ってるんですが、どうするかは今から考えます…。

2020年1月14日 (火)

2020いっぱつめ

2020年も二週間が経過してからこの記事を書くのもなんというか気が引けますが、とりあえず書いておきます。気が向いてひさびさに某ブラウザゲーに復帰したら、予想以上に時間を取られて二週間ぐらい貼り付く羽目になっておりました。アホですねぇ。

まず前回冬コミケですが、ぼく自身の智絵里本、ぼくが表紙を提供したスバル・モータースポーツ本、ぼくがイラストを提供したユーフォ本、そしてぼくが売り子を務めたスーパーフォーミュラ・イヤーブック、いずれもすべて完売という快挙を達成することができました。後三者はともかく、今回の智絵里本は題材が題材なだけに売れるかどうかハラハラものでしたが、結果としては持ち込んだ分に関しては捌き切ることができ、たいへん安堵しております。入場料制度が導入され、また4日開催となったことで人は減るだろうなぁ、と昨年の今頃に予想していたのですが、来場者数はみごと線形に増加し、おかげさまでアイマス本はほとんど現地で入手できませんでした。もう三、四回ぐらいアイマスでサークル参加してますが、19冬は自分が経験した中でもワーストの混雑だったように思います (他の年は自スペースで死んでたりしてあまり買い物に行けなかった、というのもあるかもしれないけど)。個人的な話としては、19夏に4日間開催となってから初めて4日間全通を達成しました。1日目・2日目は知り合いのサークルに挨拶しにいくだけの出撃だったので、労力としては2日で1日分程度でしたが。3日目が自サークル、4日目が売り子任務で、この2日がヘヴィーでしたねぇ。

2020年の予定としては、3月15日 (日) に神戸国際展示場にて開催される予定のデレマス系イベント「シンデレラステージ」に参加する予定です。サークル「アルファコルセ」としては初の関東圏以外でのイベントですが、このシンデレラステージ、略してシンステというのはデレマスオンリーとしてはたぶん日本では最大規模のイベントだと思うので、あわよくば新規客層の開拓を…という魂胆ですね (東京では歌姫庭園なんかがありますが、あれはデレマス以外のアイマス系もすべて扱っている)。ただ時間的に新刊が用意できるかは甚だ微妙で、現時点では歌姫で出した既刊2種類+今回冬コミの準新刊 (冬コミで売る分とは別に若干部分けておいた) を持ち込む予定でいます。もしかしたら分量少なめの新刊が出るかもわかりませんので、気になる方は主筆のTwitterアカウント (@M_Simacher) をウォッチしておくとよいかもしれませぬ。ただ目下最大の懸念は、新刊が出せるかどうかというよりは、まず無事に会場にたどり着けるのかという点なのですが… (かれこれ5年ぐらい日本にいる割には鈴鹿サーキット以西に行ったことが無い)。アルファコルセ初の長距離遠征なので、まずはトラブルフリーに完走することを目標と掲げましょう。
それ以外の予定は完全に未定です。今から今年の冬コミの見通しは立てられないし、夏コミ (五輪の関係で5月開催ですが) はアルファコルセ側としては不参加、2月末の歌姫庭園もシンステに注力するため欠場が決っているので、決定事項は上記のシンステだけですね。上半期はこの1レース、下半期は完全に未定という、こりゃ貧乏チームによくあるパターンだ。

モータースポーツの話。ル・マンはやはりトヨタの連覇で、ここまでは予想通りでしたが、驚異的なペースで23時間のあいだレースを支配したNr7が最後の最後にセンサーの組付けミスに起因するトラブルでNr8に逆転を許すという展開は予想し得なかった。Nr7は予選での接触事故でシャシーを損傷していて、突貫工事でシャシーを交換していたのですが、その際に右側タイヤの空気圧センサーの前後をまちがえて接続してしまい、最終盤に右後輪がパンクした際にセンサー情報によって前輪側を交換してしまい丸々一周ほどタイムロス、という顛末。操縦していたJMロペスが泣き喚かんばかりに悔しがっていたのが印象的でした。ル・マンはこういう残酷なことが起きますからねぇ…。
そのNr7に乗っていた小林可夢偉ですが、19年デイトナ24時間にウェイン・テイラー・レーシングから参戦して (なんとアロンソも一緒だ!) みごと優勝し、日本人としては1992年のニッサントリオに続く4人目の同レース優勝ドライバーとなりました。レース自体は終盤の豪雨でハチャメチャな事になり、最後は1時間以上の赤旗中断から残り10分でレース中止が宣告されるという締まらない結末でしたが。公式テスト~予選ではヨースト・マツダが速かったのですが、レースではトラブルで全滅でした。ペンスキー・アキュラもレースでは速かったけど、結局トラブルを出してしまいWTR・キャデラックには追いつけず。
F1はとりあえずレース展開は追っていましたが、いやぁハミルトンは流石というか。フェラーリはまたしても自滅でチャンピオンを明け渡した感じのシーズンでしたが (三年ぐらい同じことやってないか?)、サウバーから子飼いのルクレールが昇格してきて、チーム内のパワーバランスが微妙に変化してきましたね。そしてその隙間から新生RBR・ホンダが突撃してきた。正直RBR、というかフェルスタッペンか、彼がここまでやるとは思わなかったです。17年のマクラーレン・ホンダの惨状を覚えていると余計にね。逆にもう一方のSTR・ホンダは苦しみましたね。中団チームのトップは完全に体制を立て直したマクラーレンが持っていったし、フォースインディア改めレーシングポイントやサウバー改めアルファロメオ・レーシングとの勝負でも後手に回ることがしばしば。ブラジルGPは…まぁ半分フロックみたいなもんでしょう、あれは。今季はSTRもチーム名が「アルファ・タウリ (RBが持っているファッションブランド)」に変わることが決っていますが (個人的にBグループ御三家と呼んでいる3チームが全部名称変更しましたな)、19年があんな感じだと今年もどうなるやら。

2020年、正直どこまで生きていられるかも分らん! という状況ですが、生きてるうちはある程度のことはやってみようかな、ぐらいには思っているので、まぁのんびり生きましょう。今年もサークル「アルファコルセ」をよろしく。

2019年12月27日 (金)

冬コミケお品書きetc

相変わらず更新が遅くて申し訳ないです。とりあえず明日からコミックマーケット97ですが、ぼくは3日目の30/12 (月) にサークル参加しますのでお品書きをば。スペースは南「タ」18b、サークル「しまながし」となります。今回アルファコルセ本隊がまさかの落選で、いつものオタク連中の中で唯一3日目のエントリー枠を得ていた同サークルにご協力いただくことになりました。

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2017年冬のときに出した超絶気が狂った緒方智絵里合同、その続編みたいなものです。現代スポーツカー・レース史上おそらく最も謎めいたチーム、バイコレス・レーシング。その創設から現在までを、同チームの主力戦闘機「CLM P1/01」の八つの仕様から読み解く緒方智絵里のイラスト集です (文章量多めではある)。なんでこのチームを選んだのか、正確な理由はもはや失念してしまいましたが、多分「誰もやってないから」「どこにもちゃんとした解説が載ってないから」ということでしょう。前回の962Cと違って、情報がとにかく無いチームなので、結構独自の推測で補っている部分があることをご了承ください。いちおう合理的な推理というか、なるべく「裏は取った」上で書いてはいるつもりです。
ちなみに本はこんな感じ。「上綴じ」「天綴じ」と呼ばれる、カレンダーや手帳のような開き方をするタイプのちょっとめずらしい装丁です。もともとは「A4ヨコを想定して作っていたら行きつけの印刷所にその設定がなかったので、なんとか既存の原稿をA4タテにコンバートする」ための苦肉の策でしたが、この綴じ方は海外の漫画本などで時折使われるもので、そういう意味では良く言えばおしゃれ感、悪く言えばバタ臭い感じになったかと思います。
今回もイラスト面で「りょりょ」氏、「しま」氏 (旧「桐義」氏)、「田宮宗一郎」氏、「うろとま」氏にご協力いただき、また図面を「def」氏にご用意いただくことができました。考証協力に「ファスト? ふれでぃ」氏をお迎えし、主筆・編集・翻訳はぼくなので完全に前回の962C本と同じメンバーですね。ご協力いただいた皆様、今回もありがとうございました。
題材が題材なことと、今回「アルファコルセ by SGR」が落選してしまい「しま」氏のサークルにヤドカリしての参加 (ie.智絵里島ではない) なので、正直どれだけ売れるやら…という感じですが、いい本に仕上がったな、という手応えはあるので、ぜひよろしくお願いします。前述の通り、アルファコルセ by SGRとしては落選していることと、SGR側の「各々」氏が今回一身上の都合により不参加のため、いつもの富士GCシリーズまとめ本は今回ありません。代わりというか、ぼくがアルファコルセ名義で出した既刊のイラスト集を若干部持っていきます。品物はどれも1冊500円、または20.00マレーシア・リンギットとなります。いつものことですが、リンギット貨の釣り銭が不足気味なので、リンギット払いの方はなるべくピッタリでお支払いくださいませ。

 

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さらに今回、1日目 (記事執筆時点で明日ですね) 南「リ」21b・サークル「ぶらんしもん」(上に上げた「りょりょ」氏の個人サークルです) にて発売予定のユーフォ本「だいすき!!のハグ」にイラスト2枚を寄稿させていただきました。こちらもどうぞよろしく。映画「リズと青い鳥」の二人を初めて描きましたが、まぁうまく描けたんじゃないかなと自分では思っています。


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そして今回、個人としては初の依頼案件というやつをやりました。4日目 (31/12) 西「か」43b、サークル「Ute1200」にて発売予定の、「SUBARU Motorsports Story Vol.1」の表紙を担当させていただきました。こちらも是非よろしくお願いします。また4日目は、「DJ Bib」氏主宰のサークル、西「か」09b、「TEAM TAKE TWO」にて、(Bib氏が仕事で来場できないため) 売り子兼サークル主代理を務める予定になっています。全日本フォーミュラーのマニアである同氏渾身の一作「2019年スーパーフォーミュラー総集編」(なんと120pの大作!) をよろしくお願いします。

それでは皆さん、体調に気をつけて、あの大三角の下でお会いしましょう。3日目・4日目は最高気温が10度C台にまで下がるという予報も出ているので、どうか防寒対策は万全に!

2019年9月17日 (火)

歌姫庭園20 新刊

すっかりご無沙汰してしまいました。主筆です。端的に言うと、ついに体を壊して長期療養に入っている、という感じの状態なので、正直ブログの更新まで手が回りません (書くネタも特にないし…)。とはいえ細々と絵を描いたりはしていて、それをまとめた本もなんとか出せる状況にはなったので、ここで告知しておきます。

Poster

2019年9月22日 (日)、大田区産業プラザPiO (最寄り: JR蒲田駅/京急蒲田駅、後者のが近い) にて11:00~15:30開催予定の歌姫庭園20/シンデレラメモリーズ19、スペース [シ55]「アルファコルセ」にて、緒方智絵里イラスト集 "hail storms" を販売予定です。A4正方形、表紙込20p、一冊500円。中身はぼくが前回 (去年のル・マンのやつ) 後にぼちぼちと描いてきた作品の集成ですね。前回売れ残った分の既刊も同時に持っていきます (価格は同じく500円)。
新刊はゲストイラストとして、スーパーディテールの切り絵作品で知られるwatson (@221bsh26) 氏のイラスト作品を一枚収録しております。サークル「アルファコルセ」単体としては三作目となるイラスト集、F1のアルファロメオ・サウバーがライコネンを迎えて上り調子の2019年ということで、どうぞよろしくお願いします (??)。

2019年5月23日 (木)

トヨタ・チーム・トムス スープラLM GTテストカー

グループC (GpC) 規定によるスポーツカー・レースが世界経済の後退やワークス間競争の激化によって没落したのち、サーキットの主役となったのは市販のスポーツ・クーペを改造したレーシングカーたちであった。「GTカー」と呼称されたこれら車輌の頂点は、当初GT1と呼ばれる一群の車たちであり、この「GT1」の定義はル・マン24時間レースの主催団体であるACOによって規定されていた。自動車メーカーのレース部門や、レースをするのが仕事のレーシング・チームにとっても、スポーツカー・レースがなくなってしまって手持ち無沙汰だったところにやってきたGTカー・レースは歓迎され、ル・マン24時間レースには市販スポーツ・クーペを改造した車輌が大挙エントリーし、前述のGT1カー、及びその下位カテゴリであるGT2カーによって争われた世界選手権であるBPR-GT選手権も一定の支持をあつめた。

GpCレースに積極的に関与していた日本の自動車メーカーも、世界的なGTカー・レースの潮流に乗り遅れることはなかった。折しも日本においても、GpCカーによって競われていた全日本スポーツプロトタイプカー選手権 (JSPC) の消滅後、これらにかわってGTカー主体のレースを開催する機運が高まっており、その結果一九九四年から全日本GT選手権 (JGTC) が開催されるに至ったのである。このJGTCには当初からニッサン、トヨタという、JSPC時代に日本一の座をを競った二大メーカーが参戦し、またフェラーリやポルシェなど外国製GTカーの参加もあり、日本国内で大きな盛り上がりを見せていた。

こうした流れの中で、日本製GTカーでル・マンに参戦し、外国製のGTカーと肩を並べて戦う、という機運が芽生えたのは必然であった。JGTCの登場によって和製GTカーがすでにあるのだから、それまでのスポーツカー・レース時代と同じように、日本製のレーシングカーでル・マンに挑戦したいと思うのは、自然な思考の流れであろう。この結果として、トヨタ・スープラ、ホンダ・NSX、ニッサン・スカイラインGT-Rという、いわば「日本のビッグスリー」は、すべてこのGTカー時代のル・マンに参戦することになる。


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タミヤ製1/24プラモデル、「カストロール・トヨタ・トムス スープラGT」。一九九五年のJGTCに、トヨタの実質的なワークス・チームであるトヨタ・チーム・トムスから参戦した車輌をモデルキット化したものである。上の話とつながるようでつながらないではないか、といった風だが…。


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ここで記事の表題につながるのである。史実においてはトヨタ系のプライベーターであるチーム・サードが一九九五、九六年にかけてスープラでル・マンに参戦しているが、もし九五年のル・マンにおけるスープラがトムスとの二台体制であったら、もしくはテスト段階ではそのように予定されていたら… という妄想の産物である。白く塗装された、スポンサーロゴの一切入っていないスープラGTのテストカーは実際にチーム・サードが九五年三月の鈴鹿サーキットにおけるテストに持ち込んでおり (HPI社が1/43でモデル化している)、今回の仕上げはそれをイメージしている。当キットの成形色が白色であり、わざわざ難しい艶出し塗装や大量のデカール貼り付けをしなくても再現できる仕様ということで、今回製作に踏み切った。当ブログ初のプラモデル記事である。
史実では、この一九九五年からチーム・トムスはカストロールのスポンサーを得て、WRCなどで有名なカストロール・カラーでJGTCに参戦しはじめるのだが、カストロールがル・マン参戦計画にまで予算を出してくれるかはわからないので、カストロール・ロゴは一切入れていない。ドライバーは付属デカールの関谷/クルム組のままだが、ご存知の通りこの年ル・マンで関谷正徳はマクラーレンF1-GTRに乗って総合優勝している。もしトムスなんぞからル・マンに出ていたら、日本人初のル・マン・ウィナーは荒聖治だっただろう。

チーム・サードがル・マンに持ち込んだスープラGTは、基本的にJGTCに参戦していた車輌とまったく同じ仕様であった。唯一、JGTCではスピード抑制のためにリストリクターで520馬力前後までパワーを落としていたのを、ル・マンではそのリストリクターを取り払って、約700馬力を発生していたが、それ以外のボディ形状はすべてJGTC仕様と同一である。当時トヨタはまだJGTCに本腰を入れて予算を出せる状況ではなく、車輌の開発・熟成をある程度チーム任せにしていたため、エアロパーツやフェンダーの処理はサードとこのトムスの車で各部が異なっている。


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95年型の時点では、まだ市販スープラの形状が色濃く残っている。車高が下げられ、幅の広いタイヤを入れるためにリベット留めのオーバーフェンダーが取り付けられ、後輪にトラクションをかけるために大型のリヤウィングが装着されているが、車体のラインそのものは紛れもなくスープラである。オーバーフェンダーなど各所のリベット部分は、アクセントとして墨入れ用ガンダムマーカーで着色した。ホイール色が黒なのは製作者の性癖であり、実際のトムスは銀メッキのリムに白いディスク部のレイズ製2ピース・ホイールを使っていたことは有名である。

JGTC用トヨタ・スープラの心臓部は、一九九三年までアメリカのIMSA GT選手権に参戦していたイーグル・トヨタが搭載していた、3S-GTEベースの「503E」型直列四気筒2,140ccターボ・エンジンを使っていた。このエンジンはタービンの過給圧設定によっては1,000馬力級のパワーを発生できたが、リストリクターで出力を絞られるJGTCではエンジンが本来想定したパワー域を使えず、燃費が悪化するという問題があった。またこのエンジンを搭載したスープラの持病として熱害の問題があり、各チームともボンネットに大量の開口部を設けて排熱に追われたほか、エンジンの熱が操縦室床面まで伝播して、その熱がペダルを焼き、レーシングシューズの薄い靴底が溶けてしまうというトラブルまで発生した。一九九五年ル・マンにおいては、チーム・サードが整流のため車体にフラットボトムを取り付けて走ったが (当時のJGTC車にはその程度の空力パーツも無かった)、あまりの熱でドライバーの集中に支障をきたすに至ったため、仕方なくレース中に取り外した、という逸話がある。


 
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タミヤ製のキットなので組み立てはスムーズに進む。パーツが多く、また前述の通りフラットボトムではないため車体底面に露出したパーツ類の組み立て・塗り分けがやや煩雑だが、狙った位置にパーツが収まらないということはなく、サスペンション周りのパーツなどもパチっとはまる。ヘッドライト内部は指定色がX-11クロームシルバーのところを、別のキットのために買ってあったX-32チタンシルバーを試しに使ってみたが、通常のシルバーよりかなり暗い。個人的にはこれはこれで好みではある。デカール類の配置はチーム・サードのテストカーを参考にした。チーム・サードのテストカーにはタイヤレターが入っていないようだったので、本作例でもレターを省略している。
テールライトのレンズはGクリヤーか何かで接着したが、最終的に左右とも曇らせてしまったのが残念である。トムス車にはリヤに控えめなディフューザー (というかフラットボトムがないのでただの板だが) がついているが、サード車にはこれがない。この部分は比較的市販車の曲面が残っている部分なので、ない方が見た目が綺麗かとも思ったが、結局接着した。車輌パフォーマンス的には、おそらく無いよりはあったほうが何らかの効果はあるはずである。


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ホイール。キットのホイールはメッキパーツだが、メッキを剥がすのも面倒だったので、XF-1フラットブラックで下地を作ってX-18セミグロスブラックで塗った。ブレーキなどかなり気合を入れて塗り分けたが、結局タイヤをはめ込んでしまうとほとんど見えない。初期のJGTCスープラが多くのパーツをGpCカーのトヨタ・TS010から流用していたのは有名な話だが、ブレーキ・キャリパーもその一つである (サスアームは新作したらしい。一時はリヤウィングのメインエレメントも流用が検討されていた)。メッシュ部分の上の黒いエリアはキルスイッチのレセスで、ここにEマーク・キルスイッチマークが無いのもサードのテストカー準拠である。この年トムスはJGTCでフェンダーミラーを使っていたが、正直フェンダーミラーのままでル・マンに出るのはあまりおすすめしない…と言いたくなる。


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フロント部は物理的にかなりスカスカで、三分割されたエアダクトの左右の開口部からはフロントサスアームが見える。中央のラジエーター/インタークーラーに通じる部分はメッシュを貼ることになっているが、無いほうが見た目がスッキリすると感じたのでオミットしている (チーム・サードの車はメッシュがなく、そもそも開口部の分割自体が微妙に違う)。


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車体底面。前述の通りこの時期のJGTCカーはフラットボトムすらなく、503Eエンジンやギヤボックス、プロペラシャフトや排気管のレイアウトまで丸見えである。排気管とエンジン/トランスミッションはXF-84履帯色を使用した (この色、自動車の機械系パーツから飛行機の排気管まで使える万能選手である。グンゼの黒鉄色と焼鉄色の二役を兼ねる感じ)。プロペラシャフトが黄色いのは塗装指示の通り (厳密にはレモンイエロー指定のところをただのイエローでごまかしたが) だが、実車がそうなのかは流石に確認できていない。足周り全般の塗り分けをかなり雑にやったのがバレるショットである。フロアにある銀色の突起物はエアジャッキ。


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窓の小さいスポーツカーとは違い、基本は市販車なので内装はかなりよく見える。そのためサボると覿面にバレる。ステアリングコラムなど泣きながら塗り分けたが、実車がホワイトボディから組み上げた白一色の内装で、内装色にまで手を出さなくてよかったのは助かった。ドアの内張りはセミグロスブラック指定だが、気まぐれでXF-63ジャーマングレー (に黒を混ぜて暗くしたもの) に変更している。ロールケージは接着強度を出すのが大変な上に、車体への組付け時に無理な力をかける必要があり、少々難儀した。リヤオーバーハングの黒い物体は燃料タンク。
今回面倒くさかったので特に追加工作などはせず、ひたすら愚直に説明書通り塗り分けたが、唯一シートベルトだけは青色の色紙を使ってロールケージのパイプまで延伸した (実車通りの引っ掛け方かは未確認)。個人的に、これがないとかなりマヌケに見えるのである。
今更だが、内装・外装とも白い部分は基本無塗装で、プラの成型色のままである。究極のものぐさモデリングだが、懸念された「プラっぽさ」はあまりなく、思ったより見栄えは良い。


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以前作った1/48のVWタイプ82E (キューベルワーゲンのシャシーにTyp.1のボディを被せた軍用車。タミヤMMシリーズで出ている)、そして今回の1/24妄想スープラテストカー。
普段は塗装・完成済みの小スケール精密模型でレーシングカー欲を満足している筆者だが、「手を動かしてモノを作る」行為のすばらしさも捨てがたいのである。プラモデルの場合、往々にしてレーシングカーは最狂難易度の部類に属するのでハードルが高いのだが、今回のような (ヒネクレた) アイディア勝負でも、「モノをつくる」ことはできるのである。作っている最中は細かい塗り分け・組み立て・組付けで発狂寸前だったが、完成したスープラGTを前にしての感動を思えば、それもまたよい経験であったと言える。

最後になるが、このヒネクレまくったアイディアの根本的な動機は、例のHPI社製のテストカーがまったく手に入らないから (十年近く前のモデルな上に生産数が少なく、中古市場にも滅多に流通しない) というヨコシマなものであったことを書き添えておく。何をするにしても、動機というのはいつだって単純なものである。

2019年4月24日 (水)

絵の話

当たり前のように月単位でブログの更新が滞っておりますが、近況をまとめると (例によって) 身辺私事がいろいろ展開しすぎてついに筆者の頭がおかしくなったという状況です。だいたい年単位で見れば毎年ちょっとずつ大事件というのは発生しているもんですが、今年はちょっといろいろ起きすぎたし、それぞれの事柄と、「そういう事柄が発生しているという事実そのもの」の双方が、ぼくの頭に与えるインパクトも大きすぎたということです。わかりづらい日本語ですが許してくれ、今ぼくは頭がおかしいのだ。

頭がおかしいので四六時中脳内ではつぶやきとか文章がぐるぐる回っているし、それを突発的に記録しておきたくもなったりするし、たまたまこの瞬間PCのフタが開いていたので、絵描きとしてのぼくの自分語りなぞを書き留めておきます。有り体に言ってしまえば一人インタビューみたいなもんなので、興味のない人はたぶん一生読まないだろうし、べつにそれでいいんじゃないですかね。たまたまTwitterとかで絵描きとしてのぼくを知っていて、そういう創作に至る背景や思考過程に興味があるとか、何かの呪いでブラウザがこのブログ以外のサイトにアクセスすることを拒否しているが現在ヒマすぎて発狂死寸前だとか、そういう人は読んでみたらいいと思います。長い自分語りを衆目に晒すのは拷問なので格納しますが、何度も言いますが読みたい人は勝手に読んでください。

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2019年1月 1日 (火)

2019新年いっぱつめ

久しぶりに元日のうちに記事を書いている気がしますね、人民の皆さんあけましておめでとうございます。今年の冬コミは自スペースですわっているか、死んでいるか、死んだ目でモンスターを呷っているかで終わったので、意外にもそこまで体力を消費せずに済みました。前日の準備でいろいろあってバタついた (友人のサークルのエピソードに絡むのですが、これ単体で記事一本書けそうなぐらい濃い。でも個人の事情も絡むのでおいそれとは書けないのが惜しい!) ためサークルチェックもロクに行わず、知り合いの同人作家への挨拶回り以外でほとんど自スペースから離れなかったので、こんな時期からブログが書けるわけです。

その冬コミですが、新刊2冊 (不肖Simacherとサークル主の各々氏で各1冊)・再販1冊・グッズ1種を持ち込んで、新刊はどちらも完売し、再販本とグッズも残部僅少 (将来的なバックアップに残しておく数を考えると実質完売か) という、望外の結果で一年を締めくくることができました。当日サークルに遊びに来てくれた皆さん、本やグッズを買っていってくれた皆さん、差し入れを置いていってくれた皆さん、そして普段からあの掃き溜めみたいなツイッター・アカウントをいちいち見てくれたり反応したりしてくれた皆さん、2018年は本当にありがとうございました。2019年も (ぼくのことだから偶にメンタルを壊しつつ) やれるだけのことをやる予定ですので、まぁ適当に聞き流したり流し見したりしてくださいな。

さて2018年ですが、個人的にはちょっといろいろ出来事があって「意外と例年より長かった (長く感じた) な」というのが嘘偽らざる感想です。モータースポーツもいろいろ出来事がありましたが、まずはやはりなんといってもトヨタがついにル・マン24時間レースを制したというニュース、この一点に尽きましょう。WECがウィンターシーズンへの移行準備として「18年5月に開幕して19年6月に閉幕する」、いわゆるスーパーシーズンの体裁をとった変革の年のさなかですが、ついにポルシェが撤退したことでLMP1-H車を用意するのがトヨタだけとなり、当初こそ車重や燃費のハンデを課すことで、いわゆるP1-L車とも対等に戦える、という触れ込みだったのが、いざフタを開けてみると「まずハンデ制 (Equivalence of Technology=EoTと称された) がまともに機能してない」「そのうえP1-L勢が自滅しまくって全然勝負にならない」という二重の想定外が露見し、結局ル・マンではトヨタが終始独走、388周のあいだ一周も他車に譲らず1-2フィニッシュという完全勝利を成し遂げました。めぼしい敵が存在しなかったことで「トヨタの敵はトヨタ」状態となり、このことについてずいぶん色々な意見が飛び交ったのも記憶に新しい。個人的にはいままでのトヨタを見ているので「勝てる所で浮足立ってレースを落とさなかっただけ進歩した、大したもんだ」なのですが、単純に期待値が低すぎるだけですかね。17年のアレを見た後だともう何も信用ならんのだ。確かに、後から猛烈なペースで追い詰めてくるライバルがいないからこそ浮足立たずにことを運べたという側面もあると思うので、そこらへんは2020年からの新規定でライバルが参入してくることを期待するしか無いでしょう。いまのP1規定では残念ながらプライベート・チームはトヨタの敵ではないです。予算も開発期間も全然違うんだもの。19年のル・マンはよほどズッコケ展開にならない限りトヨタの連覇じゃないでしょうか (そこでズッコケるのがトヨタという組織だし、そうなったらなったで面白いかもしれないけど…)。

F1のほうですが、実は今年はそこまでF1を見てないんですよね。単純にレース数が増えて週末の用事にかち合う回数が増えたのと、あんまりいまのF1に (主に視覚的な) 魅力を感じないからです。17年に車体規則が変わって前後ウィングに変な角度がついた時点でだいぶ失望していたんですが、そのうえ今年はHaloがついて、全体的に「レースを見ていたい」ような見た目ではなくなってしまった。安全上どうしてもあれが必要なのだというのは承知なので、Haloについては仕方ない部分もあるだろうと割り切りつつ、前後ウィングは絶対に2016年までの直線形状が良かったと思うんですがねぇ。
そんな中でも、17年のシーズン終了後に「今年のフェラーリは割と戦えているレースが多かったけど、来年この勢いが持続するか」みたいな疑問を抱いたのですが、見事に半分あたり・半分はずれという結果になった。フェラーリというかフェッテルはやはり本物で、今年は昨年以上にベンツを追い詰めるシーンが序盤~中盤に多かったのですが、最終的には…。ドイツGPでフェッテルがトップ独走中に自爆したことと、イタリアGPのオープニングラップでフェッテルがハミルトンに仕掛けようとして接触したこと、あの二点が今シーズンの分水嶺だったと考えていて、たぶんどれか一つでも起こっていなかったら終盤ベンツはあそこまで逃げられなかったでしょう。つくづく残念です。来季はライコネンにかえてルクレールがやってきますが、あのチームで上手くやっていけるのかな。
注目を集めたSTRホンダは、レース展開の妙に助けられたガスリーがバーレーンで4位に入るなど最大瞬間風速的なパフォーマンスは見せられたものの、ルノーに乗り換えたマクラーレンを予選で突き放せなかったり、主にハートレー車のほうにトラブルが頻発したり、車体の開発がまずかったりで、いまひとつ「起死回生」を印象づけるまでには至らなかったな、という評価。ただ車体とかは完全にホンダ以外の領分だし、試行錯誤しつつも「二歩下がりつつ三歩進む」程度には前進できているはずなので、来季のRBRホンダもそこそこ期待できるんじゃあないかと勝手に予想しています。

今年も同人活動のメインは冬のコミケです。東京五輪などというケッタイな代物が開催される関係で、いつものビッグサイト東棟は19年夏からしばらく使えなくなり、そのため現時点では19夏・19冬が初の4日間開催、面積縮小によるサークル棟と企業ブースの別会場化、また増大した場所代や運営費をまかなうため一般参加者からのエントリーフィー徴収 (各日入場用リストバンド購入という形態) という、これまた初の試みがなされる予定です。サークル参加の側からすると、まずエントリーフィーの存在と企業ブースの隔離で確実に一般参加者が減るので、印刷部数にも影響を与えるし (うちみたいな弱小チームにはあんまり関係のない話か)、4日間開催となると買い物勢のルート選定に大幅な見直しを強いることにもなりそう。とにかくコミケの歴史の中では大きな転換点、特筆されるべき変革となりそうです。弊サークルは毎回夏は出ないことにしてるのですが、冬は何がどうあっても出るつもりではいるので、このあたりの事情が色々なことにどう影響してくるかとか、そもそもコミケのあり方自体が様変わりしていくのか、それが楽しみでもあります。
コミケ以外だと、たぶん今年の前半である程度原稿を溜めて、後半のどこかのオンリーイベントに智絵里イラストの総集編みたいなのを出したいと思っています。たったの画集二冊 (アルファコルセ by SGRとして出した分は含まず。しかも一冊目は主宰がなかば黒歴史として遇するほどの出来) で総集編かよ! と突っ込まれそうですが、まぁ原稿の上がり方次第では「総集編」が「過去絵が入ってるイラスト集」程度には進化するかもしれません。冬コミ分も一応やろうかどうかと温めているネタが現時点でいくつか思い浮かんでいるので、それも含めて来季もトータル2戦か3戦かな。例によってまたツイッターでいろいろ告知を行います。

2019年は個人的にも同人的にもいろいろと試練の年になりそうな気がしていますが、ぼくはどこまで行ってもぼくにできる分のことしかしないしできないので、あわよくばそれが何かいい結果につながればいいなぁ、ぐらいの気構えでやっていきたいです。いい結果につながればいいなぁ。今年もなんとなく生きましょう。

2018.1.1
Simacher

2018年12月27日 (木)

2018年冬コミおしながき

どえらい久しぶりな更新になってしまって、いやはや面目次第もございませぬ。あいかわらず生きてはいるし、特に病気や怪我や極端な困窮に陥ってもおりません。ただまぁ私生活とかでいろいろあって、遊びほうけていたり原稿を執筆したり原稿執筆中に体調崩したりとかしていたので、今の生活だと連続ツイートの乱文以上の分量でまとまった文章を書くのは難しそう。趣味が多いと大変だな (他人事)。

とまれ今年も年の暮れ、年の暮れといえば冬の風物詩コミ・ケの季節。2018年12月31日、コミックマーケット95に、畏友・各々氏との合体サークル「アルファコルセ by SGR」として、今回も出場します。お品書きは以下の通り。

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主筆からは緒方智絵里をフィーチャーしたイラスト集「night fighter」。夜間戦闘機を意味するタイトルの通り、耐久レースなどで見られる夜のサーキットでの戦いをテーマとした画集です。今回ちょっとしたこだわりで、いつものような「1ページ1イラスト (縦)」ではなく「1見開きに1イラスト (横)」のレイアウトとしました。耐久レースってぼくは日没直前の時間帯と夜明け前後のあの空気感が一番好きなんですが、照らすもののない真っ暗闇の中を、ヘッドライトの灯りだけで切り開いていく真夜中のシーンも、それはそれで絵になるものです。深夜のユノディエールとか、あのへんの感じがたまらないよね…っていう人には共感を得られそうなイラスト集です。例によってこの本、いわゆる智絵里島で頒布するには「お前それ大丈夫なのか」感がありありですが、まぁ人生そういうことは気にしないのがいいんだ、コミ・ケってのはそういうもんです。
各々氏からは、これまた氏のライフワークである富士GCシーズン回顧録の1977年版。各レースの詳細なレポートと分析、また当時の2リッター・スポーツカーの雄姿をいまに伝える精細なイラストを付しています。現代日本においてはとかく傍流に置かれがちなGCというカテゴリですが、当時富士山の裾野のサーキットにはある種の時代精神めいた空気がたしかに存在し、各々氏はそれを語り継ぐのです。氏の言葉を借りるならば、「忘れ去られていいレースなど存在しないのだから」。
グッズとして、今年のモータースポーツ界で一番のビッグニュースであろう「トヨタ、悲願のル・マン初制覇」を受け、優勝直後にピットレーンから表彰台下へ向かうトヨタ・TS050をモチーフにしたアクリル製大判キーホルダーを作りました。くしくも描かれているキャラクターのひとりは、今季シンデレラガール総選挙で、これまた積年の悲願であった初優勝を果たし名実ともに「トップアイドル」となった安部菜々。「くしくも」っていうか選んだのは筆者なんですが、描いた当時は「ブエミン星人」というツイッターのクソみたいな一発ネタのことしか頭にありませんでした。この場を借りてウサミンPの皆さんには謝っておきます。
最後に再版のお知らせです。画像にもあります通り、昨年冬に発売した「962CLovers」を、このたび極小部数 (主にぼくの金銭事情による) ですが再版する運びとなりました。前回買えなかった方にはぜひ購入していただきたいのですが、なにしろ数が少ないです。また悲劇が発生したら平身低頭、平蜘蛛のごとく謝り続けるしか主筆にはできません。ゴメンナサイ…。

いつものことですが、当サークルではマレーシア・リンギットによる支払いを受け付けます。今回も手持ちのリンギット貨が多くないため、リンギット払いを希望の方はぴったりで払っていただくか、運悪くお釣りが出せない場合釣り銭分はすべて寄付として当サークルに投げ銭をしていただくかの二択になる可能性が高いことをここで申し上げておきます。RM20なのでRM10札が2枚、まぁ感覚的には日本の500円玉よりも流通量は多い紙幣だと思うので、ピッタリで揃えるのはそう難しくない気がしますが。

今回サークルスペースは「東4」ホール、「メ・21b」です。昨年冬は東7に隔離されていましたが、ふたたび大ホール (というのか) に戻ってまいりました。当日は外がドチャクソ寒いそうなので、特に待機列に並ばれる皆さんは体温調節にしっかり気を使ってきてくださいませ。それでは、大晦日に会いましょう。
PS. ここまで書いてふと数えてみたら、なんと今年は「1年で」4回しかブログを更新していませんでした。たったの4回、そう4回! まぁ書きたいことはまとまる前にだいたいツイッターに書いちゃうしなぁ…という苦しい言い訳。マジで来年はなんとかしたいです。

2018年8月30日 (木)

鈴鹿10時間レース

とりあえず生きてはいるし、特に病気や怪我や極端な困窮に陥ってもいないのですが、ブログ用のネタがないと更新間隔がこうなってしまうという好例。日常雑記みたいなことはツイッターのほうで面倒見てるので、ブログ用の文章は作画カロリーならぬ作文カロリーが高くて敷居が高いんですよね。ついでの報告でアレですが、17/6の智絵里オンリーに持ち込んだ同人誌はほぼ完売できました。ご来場いただいた皆さん、あらためてどうもありがとうございました。「ほぼ」というのは、在庫を持ち帰るのを嫌って無配同然に知ってる人たちやあまり知らない人たちに譲渡した分がそれなりにあったためです (当日はとにかく一刻も早く家に帰ってル・マンの続きを見たかった)。当然手元に一冊も残らず、後日若干数刷り直すハメになりました。何やってんでしょうね。レース前後とも色々言われましたが、とりあえずトヨタがようやくル・マンで勝ててよかった。次は強いライバルがいっぱいいる状況で熱烈な死闘を演じた末に勝ってもらいたいものですね (贅沢な!)。

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実は先日の鈴鹿10時間レースに行っていたのでした。それまで「鈴鹿1000kmレース」として親しまれた伝統の一戦を、今年から10時間の時間制レースにして、ついでに海外から有力チームをいっぱい (本当にいっぱい呼ぶつもりだったかは分らん) 招聘しよう、そうすると必然的にフォーマットはGT3カー・レースだな! てなノリで、多分バイクの方の鈴鹿8耐をかなり意識していたんでしょうね。10時間という微妙な時間設定の理由は、「時代が下るにつれて車が速くなり、1000kmの距離を6時間前後で走り切るようになったため (注: 1998年を最後にFIA GTの選手権から外れて以来、鈴鹿1000kmの事実上のトップ・クラスはJGTCのGT500だった)、世界戦化を機に一度レースの原点である長距離・長時間耐久に立ち返るため」と、鈴鹿サーキットの公式ツイッターで発言があったはず。


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土曜の予選開始直前にサーキットに到着。とりあえず近かった最終コーナースタンドに陣取って、ズーム最大で昔のダンロップブリッジあたりを狙った一枚。香港のKCMGのが持ち込んだNr23 ニッサンGT-R GT3、シャシーナンバーは1804-08A0のはず。今年投入されたばかりのアップデート型で、見るからに重心が高くて不安定そうだった先代よりだいぶ低くなっています。もともとブッ潰れたFIA GT世界選手権のあとをついで始まったブランパン・GTシリーズですが、今や耐久のBESにスプリントのBSS、アジア地区大会のBGTアジア (こちらはアマチュア・セミプロ中心)、欧州のアマチュア限定サポートカテゴリのBGTスポーツクラブと、戦線拡大はとどまるところを知りません。やっぱり高級時計屋はがっぽり稼いでるんでしょうかね。


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最終コーナーはフェンスもあるし、シケインを立ち上がった車がバビューンと加速していくので流すのが難しいし、正直あまりおすすめの撮影スポットじゃないです (もうちょっと上流に行ってシケイン突っ込みとかを狙うべきか)。これは全日本GTのGT300にいるムーンクラフト・エヴォーラ、いちおう往時の鈴鹿1000kmを意識してかGT300の独自規定車にも門戸を開いていたっぽいのですが、来たのはこれとアップガレージ・86MCのたった二台 (GT3カーまで広げればもう何台かいた)。古くからのJGTCファンにはおなじみの高橋一穂率いるカーズ東海ドリーム28の、マザーシャシー規定エヴォーラです。MCなのでエンジンは当然例のニッサンV8、いまのところ唯一のミッドエンジンMCですね。もとよりピレリの硬いタイヤに苦しみタイムが出ませんでしたが、日曜午前のウォームアップ中に高橋がクラッシュ。決勝レーススタート後も修理を続けるありさまでしたが、ついにピットアウトしていった時はグランドスタンドで拍手が沸き起こりました。その後も入退院を繰り返すボロボロなレースだったわけですが。


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こちらも全日本のビューワーにはおなじみゲイナーのGT-R、シャシーナンバー1805-08A0。この鈴鹿に合わせて紅白カラーに塗られ、全日本GT・GT500のホシノインパルから安田裕信が加わるなど気合が入ったオペレーション。レースでは序盤にル・マン優勝経験もある世界トップクラスのポルシェ使い、ロマン・デュマを安田が気迫で抑え込むなど見せ場を作っていました。エンジン搭載位置がかなり下がっているのが見えますが、そもそもVR38はけっこう重心が高い設計なので…。


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こっちはKCMGのNr018、シャシーナンバー1807-08A0。ゲイナーとは補助灯の位置や形状が違います。ちなみに今回は予算やイベントの都合でピット・パスは買わなかった (ピットでの公開イベントが土曜午前しかなかった) のですが、土曜夜にナイトオープンピットというのが設けられ、誰でも無料でピットエリアに入って整備風景を見学することができるというものでした。写真はその時のもの。ピット作業練習をしているチームもいました。


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スタートから2時間ほどはグランドスタンド一階で観戦。ここも高いフェンスがあるので写真写りはよくないですね。前述の安田vsデュマ、ビッタビタです。この日は正午過ぎの気温が35度C、空には雲ひとつ無い晴天という過酷な状況でしたが、グラスタ1Fには当然日差しを遮るものは (自分の帽子以外) なにもない。全身をじりじり焼かれるのは気合の力と水分補給でなんとかなっても、カメラの本体が日差しで熱されて、しまいには素手で持てないくらいアツアツになってしまったのには閉口しました。よく壊れずに持ってくれたものだ。ちなみにニコン1 J2という、今となっては中古屋の常連さん的な機種です。


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すぐ近くにアップガレージの応援団が陣取っていて、黄色とブルーの86MCが通るたびにのぼり旗を振り回していました。わざわざこのレースの図柄をあしらった黄色いTシャツまで用意されていて、なかなか力が入っていましたね。途中でレースクイーンと思しき女性たちが遊びに来たりと、GT300らしい適度なユルさも。このチームも予選まではタイヤでえらく苦労しましたが、決勝レースではしっかりセッティングを合わせてきて、欧州の強豪チームを相手にほぼ互角のラップ・タイムを出したりしていました。しかも中盤からクールスーツが壊れた状態で!
GT3カーは最近どんどんモンスター化しているとはいえ、基本は市販車改造カテゴリなので、たとえばサスペンションなんかは量産車のジオメトリーほぼそのままで、車重もそれなりに重い。そういう車が、荷重をかけつつタイヤを「つぶし」ながら発熱させるのに最適化されたコンパウンドは、サスペンションも車体もレース専用設計で車重も軽いMCにはまったく合わないわけです。「表面だけ発熱して終ってしまう」「そもそも熱が入らない」「タイヤの美味しいところは全然使えない」と、ドライバーからはなかなか壮絶なコメントがきかれましたが、やはりそこは全日本のほうで初優勝も果たしたアップガレージのチーム力でなんとかしたという感じですね。86MCはコース脇で見ていても素直そうな挙動で乗りやすそうだったし、何より音がいい。16年までのLMP2エンジンがちょうどこのV8 (ニッサン・VK45DE。MC用はもちろんニッサンバッジはついていない) でしたが、ああいう感じの乾いた爆音です。こいつの音聞いちゃうと、GT3カーのエンジンなんて蚊の鳴くようなもんですよ、ええ。

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イギリスのガレージ59が持ち込んだマクラーレン650S GT3。これまでメーカー・カラーのオレンジ主体でしたが今季から突如油彩画みたいなハジけた塗装に。カラーリングは大好きだったので撮りまくってやるつもりでしたが、3時間目ぐらいに130Rでベントレーとぶつかってクラッシュ、あえなくリタイヤ。グラスタから移動する間もなく消えてしまったのでありました。今年の鈴鹿で一二を争う痛恨事でございます。ちなみにこのチームのメカさんたちとは、レース後にちょっとした仰天イベントが発生していたりしましてね…。


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世界耐久を長く見ている人には懐かしい響きのストラッカ・レーシング。今回の鈴鹿には三台を持ち込んで来ました。基本はAMGのワークス・カラーそのままなんですが、ルーフとリヤウィング裏にチームのシンボルである「大文字のK」を入れているのが素敵。二位でフィニッシュしたNr43はベンツの秘蔵っ子マキシ・ゲーツにアルヴァロ・パレンテ、ストラッカが大事に育てている (?) ルイス・ウィリアムソンの布陣。パレンテとかぼくの記憶の中ではいまだにマクラーレンGTの契約ドライバーですよ。知らないうちにK-PAXのベントレーに乗ってたりベンツに派遣されて来たり、いやはやGT3界隈も人材の流動が激しいですね。


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こちらもレースの目玉、マンタイ・レーシングのポルシェ。17年のニュルブルグリンク24時間レースで登場した強烈な黄緑色の塗装そのままで日本にやってきました。GREen+yeLLOwなので「Grello」という愛称がついています。ドライバーもエース部隊と呼ぶにふさわしい陣容でしたが、終盤の自爆スピンやら何やらで12位。今回ポルシェは苦しんでいましたね。写真をよく見るとヘルメットでロマン・デュマが操縦していることが分ります。ところで、今年のニュルブルグリンク24時間レースで勝ったNr912はこれの色相反転カラーだったんですが、そいつは逆にYELLow+grEEnで「Yellee」とか呼ばれないんですかね。これ以降1コーナー外側のスタンドより撮影です。


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アップガレージ86MC。真横から見ると特異なディメンションがよく分ります。真夏の耐久仕様ということで、ボンネット上のエアアウトレットには大型フェンス、ルーフには無塗装のエアスクープ (操縦室内導風用?) が。平面形のディフューザーを後ろに伸ばして、その床面からリヤウィングを立てる処理は、たとえばCR-Z GT300なんかも取り入れていましたね。ちょっとちぐはぐな感じもしますが、ぼくはこの車のスタイルが結構好きだったりします。


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西日に向かって走るグッドスマイルAMG GT3。この赤ベースの塗装は、イギリスのramレーシングとジョイントして出走した昨年のスパ=フランコルシャン24時間レースに持ち込まれたものがベースですね。あの時は予選で小林可夢偉が車をぶっ壊して、決勝レースは灰色のワークス・カラーに塗られたスペアカー (ベンツ本社からお取り寄せ!) に、右ドアだけ移植していたのでありました (これだけやっても結果は周回遅れと接触してリタイヤだ)。このレースでは全日本GT組の一台として、ベンツのワークス・サポートを受け出走。総合5位はまぁ立派なもんだ。上の4台はぜんぶBESにレギュラーで出てる、ヨーロッパの超強豪ですからね (グルッペMとかはチームとしては違うけど、ドライバー陣営がまちがいなく確信犯)。


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8時間ぐらいトップを走り続けて優勝したグルッペMのベンツ。チーム自体は香港かどこかに籍をおいて、BGTアジアやマカオGTワールドカップとかに出ているところ。今回日本に近いからなのか、ワークスがサポートしていたのですが、ドライバーがなんとマロ・エンゲルにトリスタン・ヴォーティエにラファエレ・マルチェロ。もうそれAKKA ASPのワークス部隊そのまま連れてきたのと変わらないぞ。理由は不明ですがRX-78-2カラーでした。「GruppeM」→「GundaM」、なのかなぁ。


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初来日のキャラウェイ・コルベットGT3。ドイツのキャラウェイ・コンペティション (95年ル・マンとかに出ていたアレそのものかは調べてないけど、アレもフランク・イェリンスキとか乗ってたし多分そうだよね?) がほぼ手作業でつくったGT3カーを、おそらく「日本の金持ってるチームが興味ありそうにしてたから、俺たちゃ金だけもらうんで車送っとくよ後はよろしく~」的なノリで、スーパーカー輸入販売業のビンゴスポーツに任せた (丸投げした?) やつ。せめてダニエル・カイルヴィッツ送ってくるなりなんなりしてほしかった。準備期間が足りてなかった割に大きなトラブルも出さず完走できたのは立派だと思う。まぁ順位はそれなり程度だったけど、ドライバーは三人とも主にPCCJ上がりのアマチュアやセミプロとあれば仕方ないですね。この車体をこの目で見られたこと自体に意義があったというか。全日本GTのGT300でレクサスを運用するLMコルサのチームクルーが、アシストメンバーとしてそれなりの数が合流していました。


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重戦車ベントレー。今年から新型になったコンチネンタルGT3の日本初上陸です。いやデカかった。この図体だけどエンジンは完全に前車軸のうしろにあって、しかもギリギリまで低く載ってる (こいつの設計は確かMスポーツのクリスチャン・ロリオーだ。あのフォーカスWRCの、と言えば通じる?) ので、正面からだとフードを開けても見えないんですよエンジンが。低重心もそうだし、図体がでかいと床面積が広くなって、その分L/D比的においしいダウンフォースが増えるので、力士が極真空手家並の立ち回りをしてくるようなことになるわけです (先代はけっこうデリケートな操縦性だったらしい)。新型はリヤウィング支柱がなんか妙で、間隔も広い (リヤフェンダーから生えている) し前後方向にやけに太い。これ内部の構造部材どうなってるのかな…。見えづらいですがテールライトも面白い形状です。


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アウディ・ワークスであるWRTのNr66。BESではNr1をつけている機体です。なんでNr66なのかは不明。ご覧の通り日の丸カラーになっていて、なんとなくワークス時代のフェニックス・レーシングっぽいですね。ドリース・ヴァントールは兄ローレンスともども初来日だったかな?

ぜんぶの車を紹介するのが目的ではないし、正直人に見せられるレベルの写真はほとんど撮れていないので、写真はこのぐらいで。10時間レースで出走35台というのはいささか少い気がするし、ヨーロッパのチームが思ったほど来ていなかったし、某チームの関係者は「先月の (注: スパ24時間のこと) は60台もいたのに…」と残念そうにこぼしていましたが、(公式には1000kmからの連番で第47回だったけど) 実質的に初開催ですからねぇ。これからでしょう、これから。クソほど暑くて普通に死を覚悟しましたが来年も行きたいです。とりあえずそこそこ良いカメラが欲しい。まわりのサーキット現地オタクがみんなカメラ沼にハマったり漬かったりしている理由がなんとなく判ったレースでした。あと冬コミは出たいです。でもいいネタがないんだよなァ。

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