« 2012年5月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月 9日 (月)

イギリスGP寸評/ F1コラム:「入賞」というファクター

ことしのイギリス・グランプリは、五十二周のレースのうち四十八周までをリードした、ポール・シッターのアロンソがやぶれ、さいごの四周だけをリードしたマーク・ウェバーが優勝するという結末をむかえた。文字で書くとずいぶん劇的な感じがするが、じっさいに見ている分にはそうでもなかった。アロンソの序盤におけるリードは、性能のいいほうのハードタイヤでアタックしつづけることと引き換えに得たもので、その代償としてかれは最後のほうになってソフト・タイヤに履き替えなければならないことは明白だったからである。三十八周目にピットインしたアロンソが出てきたとき、二位のウェバーとの差は4秒とすこしだった。ぼくは、心のどこかでアロンソがヨーロッパ・グランプリでみせたようなすばらしい走りをもういちどしてくれることを期待しながら、しかしこれまで一年間、「ピレリ・タイヤのレース」につき合ってきた経験で、おそらくそんな差ではアロンソはすぐに抜かれてしまうだろうと思った。欲をいえば、ウェバーとの差は最低でも10秒ぐらいはほしかった。ソフト・タイヤは、真夏のイギリスのような涼しさのある天気でもすぐにダレてしまって、つかいものにならなくなってしまうのである。それでもアロンソは懸命にブロックしたが、四十八周目のウェリントン・ストレートのおわりのほうでインからつっこんできたウェバーを、ふたたびしりぞけることはかなわなかった。そして、体制を立て直してこれを追撃することもできなかった。消耗しきったタイヤが、それをゆるさなかったのである。同じようなことはミハエル・シューマッハのほうにも起こっていたが、アロンソはまだ二位をキープしてレースを終えることができただけ、幸運だっったかもしれない。   
   
こんどの優勝で、マーク・ウェバーはアロンソにつぐ二人目の「二勝ドライバー」となり、また選手権ランキングでもアロンソの129点にたしいて116点とつめよった。ドライバー選手権はまだまったく先が見えない戦いがつづいているが、コンストラクター選手権のほうはどうもそういうふうにはいかないようである。そこで、チームにとっての「入賞」ということについてすこし見ていきたい。    
   
現在、F1の選手権ポイントは10位の車にまで与えられることになっていて、十位が1ポイントである。2009年までは八位が1ポイント、2002年までは六位が1ポイントで、この「六台入賞」制度がF1発足以来、じつに五十二年間つづいていたというわけだ。入賞枠の拡大にはいろいろ事情があるのだが、「チーム間の格差が埋まってきて、相対的に競争がはげしくなってきた」というのも一因であろう。つまり、昔のようにエンジンやギヤボックスを壊して、はやばやとレースから消えてしまう車がなかなかなくなったため(ヨーロッパ・グランプリでのルノー・エンジンのトラブルは、それほどの衝撃であった)、完走する車がつねに二十台前後という状況になってきたのである。それで、各チームが実力に見合った見返り(即物的に言えば選手権ポイントということになる)を公平に得られるように、ということで、入賞枠が拡大された、という話をどこかで聞き及んだことがある。理由としてはさもありなんだと思う。しかし、こうした対策にもかかわらず、F1からある種の「おもしろみ」が欠けてしまっているように感じる。「意外性」のもたらすおもしろさである。    
   
2012年はまだシーズンが終っていないので、ここに2011年のデータを引用したく思う。これによると、参加十二チームのうち、選手権ポイントを獲得したのは九チーム、そのうち「シーズン通して一度のみの入賞」に終ったチームはゼロなのである(最低がウィリアムズの三回。ドライバーならマルドナドとセナがいる。くしくも次の年にチーム・メート同士となる二人である)。つまり、毎度毎度、おなじメンバーばかりが入賞争い(優勝争いではない)を繰り広げていることになるのだ。2011年でいえば、たとえばウィリアムズが五点しか取れていなかったり、後半になってルノー(現ロータス)がめっきり調子を落としたり、といったことはあったが、ポイント・テーブルを見渡してみれば、だいたいがおなじチームである。    
   
そこで、これのちょうど二十年前ということで、一九九一年のデータをめくってみると、一度のみの入賞に終ったチームがサンマリノ五位・六位のロータスとハンガリー六位のマーチの二チーム、二度だとアメリカ六位・カナダ六位のラルース、サンマリノ三位・モナコ六位のスクーデリア・イタリア、ベルギー六位・日本五位のブラバム、サンマリノ四位・ポルトガル四位のミナルディと四チームいて、合計で六チーム。入賞一回のみのドライバーでは、アメリカ五位の中嶋悟、同六位の鈴木亜久里、サンマリノ三位のレート、モナコ六位のピロ、メキシコ六位のベルナール、ハンガリー六位のカペリ、ベルギー六位のブランデル、日本五位のブランドル、そしてオーストラリア六位の代走モルビデリの九人。いかにポイントがばらけたかがおわかりいただけるかと思う。つまり、ほぼ毎レース、入賞圏の末席の顔ぶれが違うのである。この年はマクラーレン・ホンダの常緑樹に虫が食い始め、かわってウィリアムズがいちじるしく台頭。その一歩後ろでフェラーリとベネトンがひかえる、といった構図で、基本はこの顔ぶれが毎回、優勝争いに絡んでいる。いわばこんにちのレッドブル・マクラーレン・フェラーリである。事実、九一年にマクラーレンとウィリアムズ以外で優勝しているのは、わずかにカナダ・グランプリでベネトンが勝った一回のみ、それもウィリアムズのマンセルのトラブルに乗じて「落ちてきた」勝利であり、けっして今年のようなわかりやすい大乱戦のシーズンではなかった。    
   
参考までに、一九九○年のデータも付記しておくと、一度しか入賞しなかったドライバーはアメリカ五位のモデナ、モナコ五位のカフィ、フランス二位のカペリ(意外な気もする)、ベルギー六位のグージェルミン、日本二位の代走モレノの五人。入賞一回のチームがアメリカ五位のブラバムとモナコ五位のフットワークの二チーム、ついで入賞二回が二チーム(ロータス、レイトンハウス)となっていて、この年は比較的、順位が固定されていたということができる。    
さかのぼって、八九年はドライバーがブラジル三位のグージェルミン、モナコ三位のモデナ(これまた意外)、メキシコ六位のタルクィーニ、アメリカ四位のダナー、カナダ三位のチェザリス、同五位のアルヌー、フランス六位のグルイヤール、イギリス六位のサラ(現HRT代表。ミナルディ好きには有名なレースだろう)、スペイン六位のアリオー、オーストラリア四位の中嶋(これまた有名なレース)と十人、チームのほうは一回がレイトンハウス、AGS、リアル、ラルースの四チーム、二回がスクーデリア・イタリアとオニクスの二チームとなっている(ミナルディは三回。この年はミナルディ・ファンにとって忘れがたい一年だっただろう)。NA元年で、ある程度チーム間の実力が均衡したせいだろうか。    
   
よく、この時代のF1を生で見ていたひとびとの「あの頃のF1はおもしろかった」という声を聞いて、その時代を肌で感じていない、あるいはその頃F1を見ていなかったひとびとは首を傾げるであろう。この時代のF1のおもしろさというのは、つまりこういうことなのである。上位陣があるていど固定され(この時代の有力チームのなかでも、花形チームはマクラーレン・フェラーリ・ウィリアムズ、そしてそのすこし下にベネトンという四チームだった)、そしてその下のBクラスチーム以下が強烈な戦国絵巻だったのである。八九年のオニクス、九○年のラルースのように、予備予選への参加を義務付けられていたチームが表彰台にのぼることさえあった。今の状況でいえば、たとえばマルシアが表彰台に立ったり、ケーターハムがダブル入賞するようなものである。    
   
だがしかしというか、この事実の裏側にはある目立たない理由が隠されている。リタイヤ率の高さである。今でこそ、F1レースでリタイヤするのはいつも二台か三台ぐらいだが、このころはそうではなかった。予選フルグリッドが二十六台、そしてレースを走りきって帰ってくる車は平均十台ちょっとが常識で、あとの半分は途中でどこかをわるくしたり、クラッシュかスピンアウトで、フィニッシュラインへたどり着くことなくレースを終えてしまうのである。マクラーレン・ホンダやウィリアムズ・ルノーのようなトップチームでさえも、二台が二台とも得点して帰ってくる確率は半々よりすこし多いぐらいだったように思う。セナやマンセルといったトップ・ドライバーも、今と比べると信じられないリタイヤ率である。特に九一年序盤のウィリアムズや同年中盤~翌年のマクラーレンのように、車にどこか根本的な欠陥があればなおのこと。そして中位チームは、ほぼ毎レース、かならず二台以上の車がエンジンから派手に煙をあげてリタイヤしていた。こんにちのF1で死語と化しつつある「エンジン・ブロー」である。ぼくが最後に印象的なエンジン・ブローを見たのは2008年のハンガリー・グランプリあたりだが、この頃から、F1カーは一気に「不死の鳥」と化していった。規則によって、一年に八台のエンジンでやりくりすることになっているから、ある意味必然ともいえる。    
   
こんな時代な上に、ポイントをもらえるのは六台だけだから、一点の重みはいやがうえにも増す。九○年のモナコ・グランプリ、ベルナールとフォイテクが六位のポジションをあらそって、レースの終りに演じたはげしいバトル。八九年のポルトガル・グランプリで、ヨハンソンがバースト寸前まで摩滅したタイヤをほとんど引きずるようにして、三位表彰台にすべりこんだあの走り。同年イギリス・グランプリで、チームを死地からみごと救い上げたミナルディ・ドライバーふたりの入賞。普段は目立たないチームなだけに、その一点、入賞一回の意義もまた、とてもおおきくなるのである。チームのほうもまさに「死に物狂い」という風体だったが、F1というのは本来、そういうものではないか。    
   
ひるがえって現在である。2011年は実質、九チームだけが選手権レースに参加しているような感じで、あとの三チームはまったくもって蚊帳の外といった体たらくであった。九チームで十八台。そして、そのうちレッドブル、マクラーレン、フェラーリの三チームは、よほどのことでもない限り二台そろって入賞するだろうから、六台分の「座席」が埋まる。残るポイントは実質四台分。これを、絶不調だったウィリアムズを除外するとして(たった)十台であらそっていたのが去年のF1なのである。顔ぶれが固定されてくるのも仕方がない。ようするに、「安定しすぎて」いるのではないかと思う。たとえば八九年だと、マクラーレン、ウィリアムズ、フェラーリが「Aクラス」、ベネトンが「Aプライム」といったところにいて、ウィリアムズとアロウズあたりがBクラスになる。その下のコローニやブルン、ヅァクスピードといった「明らかにどうしようもない」チームを除外すると、あとはほとんど全員が「Cクラス」なのである。Cクラスというのは本来、入賞はできない程度の実力なのだが、ふとした拍子でAやBの車がリタイヤすると、そのおかげでポイントが一点か二点、あわよくば表彰台の末席を取れる位置にいる、ということになる。その辺をチームもドライバーもよく知っているし、そのチャンスが今のように貴重なものでもない(ヨーロッパ・グランプリでベッテルがストップした瞬間、ぼくは思わず声を上げてしまった。フェラーリに勝機が回ってきたよろこびもあったが、それ以上に「現代F1においてトップチームの車がトラブルでストップした」という事実の前に息を飲んだのである)ことも知っていたから、みんな「入賞一歩手前」あたりの順位めがけて殺到していったのである。それで競争が激化し、見るものはみな「おもしろい」と感じたのだ。今のF1だと、上のほうの九チームはぜんぶがぜんぶ「Aクラス」で、あとの三チームがみな「Dクラス」、しかも入賞範囲がちょうどそのAクラスの間尺に合うぐらいに設定してあるせいで、小競り合いがなかなか生まれないのである。今年に入ってウィリアムズが力をつけ、入賞あらそいをするチームがひとつ増えたことで状況はいくぶん良くなったが、それでもまだ、「あの時代」には及ばないのではないかと思うのである。    
   
思うに、2011年のF1があれほど「つまらない」といわれた影には、ベッテルのすさまじい独走という以外にも、こんな事情があるんじゃないかとも思う。九一年もつねにマクラーレンとウィリアムズのどちらかが勝っていたが、そのうしろのバトルが熱かったおかげでみんな退屈せずにすんだのである。そして、過去同様に「つまらない」といわれてきたシーズンの代表格である八八年と九二年を見ると、つねにひとつかふたつのチームだけが優勝をしていることのほかに、「入賞しているメンバーがいつも同じである」ということに気がつくのである。

2012年7月 7日 (土)

続・F1カルトクイズ

去年のイタリアGPあたりで書いた、「F1カルトクイズ」なるものを覚えておられるだろうか。昨日今日にF1を知ったという諸兄、また一時期見ていたが最近はぜんぜん見ていないという諸兄にとってはかなり手ごわい問題だったのではなかろうかと思うが、読者諸兄がてこずればてこずるほど、それは筆者のよろこびとなってフィードバックされるのである。…はい、こんなサディストみたいなヤツでゴメンナサイ。

で、今回も筆者が手無沙汰に考えた問題を12問出題するので、それぞれよく考えて回答したあとに「続きを読む」内の回答編を見ていってほしい。Wikipediaなどによるカンニング行為は無論、失格処分である。こっちだってネットを見ないで考えた問題なのだぞ。難易度的には前回よりやさしくしてあるつもりである。では、行ってみよう。

Q01. 1987年シーズンにチーム・ロータスが投入した新兵器、アクティブ・サスペンション。このシーズン、ロータス以外のチームでいちはやくこの機構を模倣し、勝利したチーム・ドライバーはどこの誰か。またその勝利は、どのGPで達成されたものか。

Q02. そのアクティブ・サスペンションを、はじめて実用化したF1カーは何年のどの車か。

Q03. 1992年シーズンにおいて、結果的にまったくおなじ組織によるデザインが行われた車を走らせていたふたつのチームはどことどこであったか。

Q04. 1991年より、ホンダはV10を捨てV12の開発に踏み切り、ライバルであるルノーはV10を使い続けることを選んだ。では、1991年開幕戦時点で、V10エンジンとV12エンジンを搭載していたチームはそれぞれいくつあったか。

Q05. ポールハンターとまで形容されたアイルトン・セナが、ただの一度しかPPを取れなかったシーズンはどのシーズンであったか。

Q06. そのセナがナイジェル・マンセルと激闘を演じ、ひとびとを震撼させた92年モナコグランプリ。モナコマイスターの意地が光ったこのレース、ポイント順位の末席である6位に入り1ポイントを獲得したのはどのチームの誰であったか。

Q07. 1987年にいわゆる「3500cc規定」が発効したさい、真っ先にNAエンジンで戦ったチームをすべて挙げよ。

Q08. その1987年シーズン、NAエンジン勢の最高ランキングはどのチームであったか。また、ポイント・ランキング上でそのチームの後塵を拝したターボ・エンジン使用チームはどこであったか。

Q09. タイヤの契約のもつれから、トールマン・チームは1985年の開幕数戦を閉門蟄居するはめになったが、彼らがグランプリに復帰したのはその年の第何戦、どのグランプリであったか。

Q10. アレクサンダー・ブルツがF1デビューする直前にドライブしていたのは、どのカテゴリのどの車であったか。

Q11. 前年にもましてホンダ・エンジンの独走劇がつづいた1987年。この年、ホンダを積むウィリアムズとロータスを、マクラーレンのプロストとフェラーリのベルガーが追いかける形であったが、この6人(マンセル/ピケ/セナ/中嶋/プロスト/ベルガー)以外で唯一、この年ファステスト・ラップを記録したのはどのチームの誰で、どのグランプリで達成されたものか。

Q12. 1992年といえばフェラーリが歴史に残る大低迷を記録した年として有名だが、その年のホームであるイタリア・グランプリでの、フェラーリ2台の戦績はいかなるものであったか。

続きを読む "続・F1カルトクイズ" »

最近動画報告

ずいぶん長いこと、このブログで動画の話をしていない気がする(たしかMMD杯爾来だったか)ので、ここらでパパッと新作解説・コメ返ししていこうと思います。なんか最近ブログ書くのもおっくうになってきてしまいましてん… もはや末期症状だんべよ。ではさっそく、行って見るとしませうか。   
   
    
過日開催された、「第二回七葉1052式作品展」出品動画。べつに「何がつくりたい」というわけでもなく、ただ気侭に、「参加したくなったからしたよ」という動画です。説明文にもあるように、じつは似ても似つかない元ネタが存在しますが、夢をぶち壊されたくなかったら見ないのがいいでしょう笑。「虎の児をうばう者には難来たる、女の夢をうばう者にも難来たる」とは、ふるいペルシャのことわざです。ぼくは好き好んで難を探しに行くようなてんkマゾプレイ好きではないのでね。そして投稿時の説明文を考えるのが面倒くさくて放置していたら、いつのまにか夏になっていたという話。あ~あ。   
   
   
    
続いてこちら。去年の末に上げたアイマス動画と同じコンセプトのものです。MMD上でぼくが得意とする、いわゆる実写合成の動画ですね。それをMMDアイマスモデルでやったものです。で、前回千早でやった際(わがマイリストの、去年末のほうにあります)は特に目的もなく、ただ「こういう画像できたーよ」の羅列でしたが、今回はそれにストーリーを付与してあります。まぁストーリーちゅうてもたいしたもんじゃないですがね。Eランクの入り口かそのぐらい (ぼくの得意な分野でたとえるなら、まあF3からF2へスッテプアップしようとするあたりかな。いわば駆け出しの駆け出し) で引退することになった春香 (このへんは無印版アイマスやってる人じゃないとわかりにくいかも) のイメージです。で、不憫に思ったか何を思ったか、プロデューサーが最後のひと仕事として、ふたりだけの写真撮影の旅に。この場合、背景画像やモデルやポーズを決めるのはぜんぶぼくなので、けっこう感情移入して作っておりました。で、写真のノリというのも最初はこう、うつむき気味というか、あんまり「目線貰ってない」カットが多いのですが、これもいわば初歩的な感情表現のつもりです。だって楽しい仕事であるはずがないでしょう、特にナイーブな春香にとっては。見かねたPがまあ、ここは何か甘言でも使ったのでしょうが (「はるるんの笑顔は世界一ィィィ!」とかじゃなかったことを祈ります。イメージとしては「泣いてる春香なんか見たくない、云々」てな感じかな) 、なんとか最後に、「笑った」写真を撮るわけです。というのが話の大筋 (無駄に長ぇ…) 。ところがこの設定、じつは例によって作ってる最中に考え付いたものなので、写真の配列がうまいこと時系列順 (泣き顔→笑顔) になっておりません。そこはまあ、Pが最後にちょっとシャッフルした、ということで納得してあげてくださいな。ちなみにBGMの周杰伦という人は、「中国語のポップを聞いてるヤツならみんな知ってる」「知らなきゃモグリ」というほどの存在です。台湾のボン・ジョヴィとでもいいましょうか。興味のある方はYouTube中心に探してみるのもいいでしょう。   
   
>質感凄いな   
MMEのHLシェーダーをかけて出力し、そこからさらに例のトイカム・エフェクトをかけたものなので、写真によってはかなりちがった質感表現が出ていることでしょう。いわば「TopGearマガジンのジャスティン・ライトン (Justin Leighton) のHDR風写真」のような、「この人の絵にこの味あり」的な、アイデンティティーのつもりです。   
   
>海外から!?   
イエス、ケストレル。青野さん、安らかに… (まるきり動画の話題じゃないやこれ) 。   
   
>何故か泣ける・・・(´;ω;`)   
フンス (ドヤ顔   
   
>フォトジェミかぁ   
「フォトジェミ」。長年来の当ブログ読者 (そんな人いるかなぁ…笑) ならよくご存知の、「フォトジェミック」です。しかし今回はミクじゃないですからねえ。いっそMMDの写真合成をすべて包括して「MMDフォトグラフ」とか、そういう名称があれば便利なのですが、今のところあまり浸透してないようです。   
   
>街って色んな顔があるんだな   
いつもなら何気なく見過ごす風景も、シャッターごしに見れば絶好の被写体に早変わり。とはいっても、じつは素材写真は自前ではないのです。フリー素材サイトからあっちこっち引っ張ってきました。なので場所はおそらくバラバラです…。   
   
>台湾の歌手なのか   
イエス、ケストレル(2回目)。商業主義というか、そういった通俗的なものに流されず、質のいい曲を量産できる貴重なアーティストです。   
   
   
    
お次はこちら。東方界隈で有名なMMDモデラーである「にがもん」氏の手になる魔理沙モデルの公開記念です。ようするに「いちはやくモデルを使ってみたい」ということと、今後の動画製作も考えてカメラ映りなどをチェックするのが目的です。とはいってもまあ、基本的に筆不精・PC不精・MMD不精なぼくがこういうフットワークの軽さを発揮するのはめずらしい部類です。自慢にもならぬ癖ですがね…。換言すれば、それだけこのモデルの魅力度は高かったといえるでしょう。昨今、MMDモデラー界隈もなかなか大変なようですが、こういった上質なモデルはなくならずにいてほしいものです。音楽は武井侑人「Cubic Lustre」、GT5のメニュー音楽として収録もされている曲です。ラウンジにしてはかなりダンサブルというか、アップな曲ですねえ。大好きです。そのほか、今回はちょっとエフェクトで遊んでます。動画がバラけた感じに見えたらそのせいでしょう。   
   
>独特なカメラワークがクセになりそう…   
カメラはじつはダンスモーションに付属のものをセットして使っただけです。ただ、そのまんまじゃなくあちこちに修正を入れたりしてますがね。「付属カメラモーション」のものと「独自カメラモーション」のもの、2本のAVI素材を別々に出力という、いやもうなんとまあHDDを圧迫する作業でありましたとさ笑   
   
   
    
そしてこちら。「第四回東方ニコ童祭」参戦です。東方ニコ童祭というのは、「決められた期間 (2日間) のうちに、なんでもいいからとにかく「東方」メインの動画を上げて参加するお祭り」といった趣のイベント。界隈ではMMD杯に匹敵する規模ですが、あちらとちがって順位をあらそったりポイントがついたり、といった特典はありません。したがって勝敗優劣は (すくなくとも表向きには) ないわけです。ただ、やはり大イベントとあらば視聴者数はかなりのものが見込めるので、ここで一旗「SimacherP」の名をあげるチャンス!という、かくもヨコシマな念頭で参加を決意したわけです。   
ところが、ヨコシマな考えで飛び込んだ天罰のつもりなのか、最初に考えていた曲はけっきょく、「長すぎる」ということであえなく廃案。そこで別の曲に乗り換えて、まあ3分半かそれぐらいの尺でつくろうかと思ってはいましたがこれも破綻。最終的に、キープというか、スペアのスペア的なあつかいだったこの曲にはしった、といういきさつがあるわけです。スペアのスペアとはいっても、これも気に入ってる曲ランキングの上位にはちがいないのですがね。Origaさんは攻殻機動隊のサウンドを多く担当していまして、それで知りましたが、けっきょくこの人のせいでロシア語に手を染める (といってもアルファベットとキリル文字の対照ができるようになったぐらいですが) 羽目に。もの悲しく歌い上げる感じの、じつに好みの曲風です。ここの「川」って三途の川のことかな。そうだとしたらアリスよりかは小町っちゃんのが似合う気もしますが、ロシア語できそうなキャラでまっさきに浮かんだのがアリスでした。投コメにて歌詞字幕もついてます。翻訳は自分でやったんで、いろいろとおかしいところがあるかもしれませんがそこはどうか寛大に…   
   
>次はレース動画かと思ったのにw   
残念!さやかちゃんでした! という冗談はさておいて、ここの「レース動画」というのは、ぼくが一時期つくろうとしていた、F1カーの紹介動画的なもののことだと思います。一時期ツイッターで手広くネタを募集していたので知ってる方もあるかと思われますが、いまのところ製作予定は「未定」のままです。どうやら手数がかかりすぎる様子になって来ておりまして… いずれ、作りたいとは思います、はい。   
   
>SimacherPさんが東方とは、ちょっとびっくり^^   
うーむ、なんかぼくは「ミク動画専門の作者」という見方が多いみたい。べつにいやではないし、知り合いの方の多くがミク関連で知り合ったので必然的にそうなるのでしょう。でもアイマスもよくやるし、最近になって東方に興味を持ち始めた頃なので、もうしばらくは東方中心になるでしょう。そしてふらっとミクやアイマスに戻っていくわけです。われながら節操のない動画人生ですな。   
   
>どことなく神秘的で良いと思う。   
ありがとうございます… 神秘的ですか。考えてなかったですが、なるほど見返してみるとそうでしょうなあ。   
   
というわけで、コメントをくださった皆さん、どうもありがとうございました。引き続きSimacherPをよしなにお願いします。…と普段ならここで記事が終るのですが、今回はちょっと発表があります。第9回MMD杯、参戦の宣告です。とはいっても、もうすでに動画も作ってあげてしまいました。早いですねえ。というのは、前回第8回が諸般の事情でどうもgdgdに終ったため、その教訓を汲んで今回はうんと早く製作に入ったわけです。あつものに懲りてなんとやら、のようですが、まあ遅刻するよりはマシだと考えまして。で、動画は以下。左が予選版、右が決勝版です。   
   
    
   
えー、MMD杯は宗教上の理由や安全への配慮から、期日前に動画を公開することがかたく禁止されております。というわけで動画ページもこんなんです。これじゃどれがどれだかわかりゃしません。マイリストからかろうじてタイトルとサムネはわかりますが…。そこで、ブックマークしておいて公開と同時に楽しみたい方むけに、ここでURLを記すことにしましょう。予選版はこちら、そして決勝版はこちらとなります。これ以外にも動画作るかどうかはわかりませんが、もし作るとしたら決勝だけの参加になるでしょう。第7回のときは元気あったなあ…笑    
   
というわけで、今回のMMD杯もSimacherPの応援、よろしくです。第9回MMD杯、予選は7月20日、決勝は8月17日開幕です。公式サイトはこちらから (今回からサイトリニューアルしましたね)。それでは、ごきげんよう。   
   
SimacherP   

« 2012年5月 | トップページ | 2012年8月 »

フォト
無料ブログはココログ

リンクリスト

  • Pixivページ
    自分の描いた絵を置いておく倉庫。当初ニコ静との並行運用だったが今はこっちがメイン (多分…)。更新頻度は高くない。同人イベントの参加情報とかも投下される。
  • Kumaryoong's Paddock
    ソビエト時代の東側諸国におけるモータースポーツ活動について書かれているたいへん誰得なブログ (褒め言葉)。この辺の史料を日本語でまとめたサイトって史上初かもしれません。
  • 作った静止画一覧
    主にMMDで作った静止画を上げています。最近はこっちの頻度のほうが高いですね。
  • Racing Sports Cars
    ル・マンや旧WEC/WSPC/SWC、さらには旧WCMなど、スポーツカー・レースの参戦車両の膨大な資料写真を有するサイト。ドライバー別・車種別検索機能完備。F1もちょびっとだけあります(70年~82年)。
  • F1-Facts
    1950年イギリスGPより、F1に関する全記録を蒐集・公開しているサイト。各年度リザルトページからマシン一覧・写真ページに飛ぶことができます。あなたの知らない名車に出会えるかも。IEは右クリックでの画像保存が出来ないので、PCに保存する際はFireFoxなどを使用してください。
  • 誰得 (boulog)
    謎多きF1マニア(?)、bou_ckさんのブログ。「Wikipediaに載ってないような脳内資料置き場」を標榜するだけあって、その名に恥じぬディープ過ぎるF1マシン解説!Wikiどころか、ネット上にもそうそう無いようなマシンが目白押し。ちなみに「誰得」とは「誰が得するんだこんなもん」的意味合いのフレーズ。 2015.12.13追記: このほどYahooブログからfc2ブログに移転されました。
  • 作ったもの一覧。
    私の動画作品一覧です。気力の低下と更新頻度の低下はすべからく連動しています。