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2013年6月

2013年6月29日 (土)

第五回東方ニコ童祭・ライナーノーツ的ななんか

ほぼ四ヶ月ぶりの動画ですが、東方ニコ童祭に参加することに。動画はこちら。



諸般の事情により、本来投コメにて書いておくべき動画の解説を行うスペースがなくなってしまったので、ここでライナーノーツ的なのを書いていこうと思います。動画見た人で一体何人がここまで来てくれるのやら見当もつきませんが…。

曲は東方アレンジ曲のボーカルで有名な三澤秋「フォノトグラフの森」 (EP「冬空のアルペジオ」収録)。もともとこのEPは前作「夏花の影送り」に引き続き、中編小説をベースに物語性をもたせたコンセプト・アルバムみたいなものですが、曲の雰囲気が良かったのであえて採用 (原作小説もなかな魅力。「秋の空」公式サイトにて公開中)。「フォノトグラフ」というのは、19世紀に開発された記録装置で、「音を波形として記録する」ためのもの。録音するわけではなく、あくまで「音」という抽象的なものを「波形」、「図形」として可視化するためのものでした。今回の動画の場合、形式そのものはいつもやってる「実写合成」なのですが、あえて写真を全部フルモノクロにしています。フォノトグラフが「音」を「波形」という、二次元の直線の組み合わせに凝縮するように、ある音楽 (今回の歌とは限らず) をきいて連想されるであろう情景、それを強調するために、あえて視覚の一大要素である「色彩」を抜き取って、その分「景色」を浮き立たせようとしたわけです。イメージとしては「写真の森」というのか、まず森の中の大木の幹の一本一本、みたいな感じで音があって、その音の中に、これは葉の部分ですね、情景があるわけです。その情景がぼくの場合写真だった、ということですね。だから「フォノトグラフの森」。「Phorest」になってるのはぼくの造語、単に「Forest」じゃ味気ないよなあ、と思っただけのことです。ああ中二くせえ

今回製作のモデルというか、じつは「モノクロでやろう」と思ったの製作途中からなんですが、コンセプト的にはF1カメラマンの原富治雄氏が94年に作ったホンダF1のカレンダー、あれが念頭にありました。全編モノクロフィルム作品のカレンダーで、「そのまま飾って置けるように」との配慮で写真6枚・12ヶ月分がそれぞれ別紙で封筒に入れられたもの。ホンダF1のカレンダーの撮影は原氏が長らく手がけてきた仕事でしたが、本人曰く「91年頃からモノクロフィルムでカレンダーが作れないかと思って、いつも使うカラーフィルムとは別にモノクロを持ち歩くようになった」、「撮る段階から仕上がりのイメージを決めて、紙に焼く工程まで自分で仕上げた」という気合の入れよう。その写真がすごい雰囲気というかオーラだった。もともとぼくはF1が好きだからカラーでもモノクロでもF1の写真は大好きなんですが、それとは別な次元で。だから「枚数を抑えながらモノクロで魅せる」感じのモノを一度は作ってみたかったんですよね。今回のは曲の尺の関係で枚数はそんなに抑えてない (28枚ぐらいだったか) んですが、これはつぎのMMD杯で完成させたいコンセプトですね。

白黒写真というのは、最近では「あぁこれ色調おかしいな、白黒で出すか」とか「あぁこれライティングおかしいな、白黒で出すか」とか、少なくとも実写の世界ではどうもそういうクイック救済用途な使われ方が多い気がしますが、ぼくはそういう考え方に反感を持ってはいないけれど、ちょっと理解できないように思います (別にそれでいいなら好きにやればいいとも思うけど)。白黒で綺麗に撮るには白黒なりのコツとか、難しいところが色々あるわけで、まぁカラー写真と対をなすような感じのものではあるけど、決してカラー写真の代わりというわけにはいかないわけです。F1のレースで勝とうとするのにル・マン用の作戦をそのまま持ち込んでも勝てるはずはないし、逆また然り。カラーで構図がしょぼかったりライティングがわるい写真は、白黒にしたところで構図がしょぼかったりライティングがわるいままですからね。特に白黒で難しいのは、カラーのように色の組み合わせを考えなくてもいいかわりに、さっきも言ったけど視覚に訴えるはずの「色彩」が全くない世界だから、その分他の何か、構図とかコントラストとか背景の選定、そういったところにもっと気を配らなきゃいけなくなるわけですね。

モノクロフィルムは伝統的にポートレート、肖像写真とジャーナリズムに多用されてきた歴史がありますが、これだって色を吸い出して無くしてしまうことで、表情や肌の質感、あるいは写真の中で起きている出来事といった、もっと根源的な要素を引き立たせてくれるからという理由があるわけです。MMDでは扱っているのが3Dモデルだから、クローズアップでポートレートを実写と同じようにやる、というのは少しむずかしいかもしれないけど、今回はどっちかというとストリートフォトみたいな物だからなんとかなったようなもんですね。MMDでスタジオポートレートを再現するのはちょっとまだ先の話になりそうです。最近では肌の質感を再現するようなMMEのシェーダーなんかも出てきているし、それに現実の撮影で使うような光源設定なんかを組み合わせれば「出来ないことはないだろう」ぐらいには思ってるんですが、この辺はつぎに向けての課題ですな。モノクロフィルムで女の子を撮ると、上手い人がやれば本当に美しいですからね。

あ、ちなみに動画の投コメのほうで誰かキチってますが仕様です。

2013年6月25日 (火)

餞 ~ウィリアムズFW16・ルノー~

アラン・シモンセンが死んだ。と書いても、GTレースに詳しい人以外は「なんだそれ」状態だろう (同名の元サッカー選手もいるのだが)。GTカーのレースではちょっと名の知れたドライバーで、ここ数年間アストン・マーティンのGTチームと契約してル・マンなどに出ていたドライバーである。風体からして地味な感じだが経験・実力とも侮れない男だった。多い年には年間40レースぐらい出場していたというから驚きだ (今のF1が年間19戦である)。名前自体は以前から知っていたように思うが、動画サイトに上がっている彼のタイムアタック動画を見て好きになった。2011年のル・マンテストで、フェラーリ458GTCで3分59秒台を出した動画だ。彼は去年からアストンのGTEアマチュア・クラスの、いわゆる「デンマーク人チーム」 (シモンセン・ポールセン・ナイガードと、クルーが全てデンマーク出身) の一員となっていた。今年のル・マンでクラスポールからスタートしたシモンセンは、レース開始わずか9分で雨に足元を取られ、コース序盤の右回りの高速コーナーでクラッシュして、ガードレールに大穴を開けた。通常では考えられないような場所での事故だった。彼はすぐに救護班によって病院に送られたが、その数時間後に息を引き取った。   
   
ぼくはしばらく放心状態でレースを見続けていた。二年前にIRLのダン・ウェルドンと世界GPのマルコ・シモンチェリがあいついで亡くなる事故があったが、残念ながらぼくはインディのレースも二輪のレースも見ていなかった (インディに至ってはマレーシアでは放送すらしてくれない)。いちおうシモンチェリが亡くなったのがマレーシアGPであったので地元紙は大きく取り上げたし、ぼくも自動車レースを愛するひとりとして立て続けに発生した死亡事故に心を痛めたが、それ以上のことはなかった。しかし今回、ぼくはシモンセンのことをそれなりに知っていて、トヨタほどではなかったが応援していた。そしてクラッシュの一部始終から彼の死がサーキットに触れ回られるまで、ずっとレースを見ていたのだ。最初は虚報を疑ったが、やがて公式の声明文が出され、シモンセンはぼくの中で「正式に」天に召されていった。ちょっと言葉では言いあらわせないような心持ちだった。    
   
シモンセンの件があったから、というわけではないが、季節外れにあるドライバーのことを思い出した。アイルトン・セナだ。彼は客観的に見てシモンセンよりはるかに大きな知名度と実力を誇っていたドライバーだった。三度F1チャンピオンになり、当時としては驚異的だった六十五回のポールポジションを獲得して、94年のサンマリノGPで亡くなった男だ。彼のことを書いたり話すとき、いまだに「不世出の」「天才」といった枕詞がポンポン出てくる。その彼が最後に乗ったということで、いい意味でもわるい意味でも有名なのがこのウィリアムズFW16だ。前年までのいわゆる「ウィリアムズカラー」だった青・白・黄色から一転、かつて耐久レースで無敵を誇ったロスマンズ・カラーに塗られ、ドライバーに念願のアイルトン・セナを迎え、セナの黄色いヘルメットが沈んだ色合いの車にことさらよく似合っていた年だった。    
   
ぼくはセナの死の後で生まれた世代だ。だから、例えばセナがどれほど崇拝されていたかとか、彼の死が社会にどのような波紋を投げかけたとか、そういうことはあずかり知らない。セナの活躍ぶりにしたって、往時を偲ぶ映像や写真や文章で見て知っているだけだ。しかしおそらく生半可な衝撃ではなかったにちがいない。この年にいたるまで、F1では八年間 (レース中、という断り書きを入れるならじつに十二年間) 死亡事故が発生しなかったのだ。しかも亡くなったのは一度にふたり、うちひとりはワールド・チャンピオン。セナをリアルタイムで見、応援し、セナに入れあげていた人びとのショックは察してなお余りある。    
   
RIMG0064

 

例によってモデルは24スケールなのでサイズはこんなもんである。プラモデルの世界ではひとまわり大きい20スケールが主流なのだが、かさばるので24スケールのほうがありがたい。   
   
   
   
   
   
   
   
   
RIMG0686この型紙、概ねパーツはOKなのだが、唯一インダクションの峰の部分が直線状になっていたので、このパーツのみフルスクラッチして形状をそれらしくしている。いったいどんな設計をしたのか、ちゃんと実車を参考にしているのか、理解に苦しむポカである。    
   
   
   
   
   
   
   
RIMG0059今回、新たな取り組みとしてステアリングに脱着機能を持たせてみた。そのためシフトパドルや巻革、スイッチ類などをディテールアップしている。革巻きの部分は水彩用の画用紙の切れ端 (表面がざらざらしているので、ちょうどスエードのような調子になる) を使っている。パドル形状はどうしても資料が見つからなかったので、単純な直線形状である。キルスイッチのリングも追加した。    
   
   
   
   
   
RIMG0060ボーテックスジェネレーターも、実車とは形状がやや違ったので修正。たまたま持っていた資料にその部分のカットがあっただけのことである。あまり見えない所なので、労力に見合う見栄えなどはない。ステアリング同様完全な自己満足の世界である。    
   
   
   
   
   
   
   
RIMG0051サンマリノGPのスタート前、コックピットに座って出撃を待つセナの有名な写真がある。彼はもともと日頃からあまり笑顔を振りまくようなタイプではなかったように思うが、94年は特にそうで、結果的に明るい表情が少いまま逝ってしまった。    
   
   
   
   
   

 

   
RIMG0055事故でセナを失ったのち、ウィリアムズは残されたデーモン・ヒルにテストドライバーのデビッド・クルサード他を組ませて残りのシーズンを戦った。ドライバーの実力バランスがとれていたことでコンストラクターズ・タイトルは死守したが、セナがいれば安泰だったであろうドライバーズ・タイトルのほうは死闘の末にミハエル・シューマッハが奪っていった。この年以降、ウィリアムズの車には長きに渡ってセナのシンボルである赤い「S」マークが入れられている。    
   
   
   
   
   
RIMG0721上から見ると、細く絞りこまれたノーズコーンからコックピットカウルにかけてのラインなど、いまだに90年代序盤の設計思想が見て取れる。この窮屈なコックピットが、結果的にセナの命を奪う事故の遠因となってしまった、のかもしれない。ハッキリ映っているカットを撮りそびれてしまったが、サイドポッド後下方には切欠きが設けられており、現代におけるサイドポッド側面のエグリ込みの始祖のような処理が施されている。空力のニューエイならではな思想だ。    
   
   
   
   
RIMG0724ウィリアムズは、この年から1997年までの四年間をロスマンズカラーで戦い、うち三度のコンストラクターズ・チャンピオンと、二度のドライバーズ・チャンピオンに輝いた。しかしいまだに「ロスマンズ・ウィリアムズ」といえばセナ、という人は多いと思う。強烈な記憶が定着して、条件反射のようにサンマリノGPを思い起こしてしまうのだろう。アストン・マーチン・スポーツカーチームの代名詞であるさわやかなブルーのガルフ・カラーも、シモンセンをよく知る人びとにとっては払拭しがたい負の遺産になるのかもしれない。    
   
   
   
   
   
シモンセンの死の後、アストン・マーチン・レーシングは彼の遺族らの要請によってレースにとどまった。勝利を天に捧げるべくGTEプロ・クラスの99号車がトップに立ち、そのままクラス優勝は安泰かと思われた矢先に、ドライバーのフレデリック・マコヴィエッキがクラッシュ。唯一、クラス優勝を狙える位置に生き残っていた97号車が、クラストップの92号車ポルシェに迫り、一時はこれを抜き去った。しかし同一周回の死闘の果てに、残り僅か一時間で降りだした雨にまたも足を取られ、ポルシェになすすべなく討ち取られ、97号車は総合三位で終った。ハッピー・エンディングは、期待した時にすんなりやってきてくれるものではない。それは仕方ないことと知っていても、あの時ばかりは運命を呪わずにいられなかった。今年のル・マンは、しばらく忘れられないレースになるに違いない。

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