« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

2013年7月26日 (金)

夢に咲く花 ~ライフ・190~

RIMG0108どこできいた言葉だか忘れたが、「ロマンと愚かさは常にコインの裏表」なのだそうだ。なかなか説得力のある言葉である。女の子に入れあげて得るものなく破滅するのも男のロマンなのだろうし、あるいは食費を削って海軍力の増強に金をつぎ込んだり、睡眠時間を削って再生数が伸びるかどうかもわからぬような微妙な動画をシコシコ作るのも本人にしてみればロマンなのだろう。そして、たとえば手元に明らかに構造がおかしいグランプリ・エンジンがあり、設計に失敗して参戦話が宙に浮いたF1カーが都合よく手に入ったのでそのエンジンをドッキングさせてF1出ちゃえ、という思考に至るのも、またそもそもそんなエンジンを設計しちゃうのもひとえに男のロマン、ではある。女がきいたら「なんとしょーもない」のひとことで切り捨ててしまうような物事に、なぜか男は本能的に惹かれるのだろう。    
   
W型エンジンというのは、自動車用ではあまり見ない形式のエンジンだ。W型12気筒エンジンは、最近ではVWの高級車・フェートンに搭載されているモデルがあるが、F1において出現した唯一のW型エンジンは、正確には「W」型ではなく「↓」型というのだろうか、V型エンジンのバンクの真ん中に直列式がもう一基載っているような感じのレイアウトである (ちなみに、VW製の市販車用は片側のVバンクにシリンダーが扇状に2列つながった形式である。言葉で説明するのはちょっと難しい)。製作したのはフランコ・ロッキというエンジニア。60年代から70年代にかけて、フェラーリでグランプリ・エンジンの設計を担当していた男である。彼は8気筒エンジンのサイズから12気筒エンジンのパワーを発生できるこの全く新しいエンジンに期待をかけ、折から施行されていたF1用エンジンの3.5リッター自然吸気化規定をにらんで、同じ排気量のW型12気筒エンジンを作った。彼はこのエンジンをなんとかF1に連れて行ってやろうと各チームに売り込みを行ったが、まともなチームはどこも見向きもしてくれなかった。最終的に、89年のF1参戦計画が挫折したファーストというちいさなチームの車を買取って、それに改造を施した車で参戦することになったのだが、これが後々のF1史にまで名を残すクソマシンの踏み出した最初の一歩だったのである。この車について、詳細な戦歴がBou_CK氏のブログ記事において紹介されているので、ここではあえて繰り返さない。ともかく徹頭徹尾スットコドッコイ、ほとんど気力と勢いだけで走って、いやあがいていたようなチームだった。    
   
RIMG0049モデルはペーパーキット標準の24スケール、チェコのJ.ポラック氏の手になる型紙である。同氏は他にもマーチ・871やコローニ・FC188のキットを手がけているが、このライフのキットは飛び抜けて製作難易度が高い。実車があんなキテレツな形状だからある意味仕方ないのだが、ほかにもサスペンションマウントのダボ穴のサイズが狂っていたり、組立順序的にどうしても無理のあるパーツ割りが見られたり、部品図面に書き込まれていない部品があったり、挙げ句の果てにはモノコック部とアンダートレイまわりのパーツのサイズが合わず、そのあたりの部品 (アンダートレイ、排気口、ギヤボックスまわり、前後サス、アップライト) を全部現物合わせでゴリゴリ削るハメになったり、トドメの一撃とばかりに部品図面が不親切の極み (海外モデルはみんな似たり寄ったりではあるが、なまじ設計が複雑なせいでダメージが増幅されるのである) であったり、しょうもないポカがやたら目立つ、堅実な設計の氏らしからぬ型紙であった (コローニやマーチは比較的サクサク進められたのだが…)。ある意味実車準拠のスペックである。初心者が軽々しく手を出すと痛い目にあうだろう。    
   
   
   
RIMG0096フロント周りはもとのマシンであるファースト・F189から概ねそのまま流用されているが、横幅のある12気筒エンジンを収めるためにリヤまわりのカウルは新造されている (F189は設計段階ではジャッドV8の使用を想定していた。この車の12気筒エンジンが最終的に立ち行かなくなった際に、場つなぎとして使用されたのがジャッド・エンジンだったのは面白い偶然だ)。ティレルが1991年にフォードの8気筒からホンダの10気筒に載せ替えた時もそのカウルの膨らみ具合に驚いたものだが、コイツはとてもその比ではない。まるでリヤにスライムの塊でものっけているようである。 まぁエントラント名が「スクーデリア・ライフ」とかではなく「ライフ・レーシング・エンジンズ」であった辺り、車体のことは誰も真剣に考えてなかったのではないか。    
   
   
RIMG0107

 

ノーズコーンはとても細く、上面が半円形に盛り上がっている。スリムな前半分から、コックピット部分を境目に突如、エンジンに空気を送り込むための洞窟のようなエアインテークと、それに合わせたコブのような隆起が現れる。お世辞にもカッコいいとはいえない。だいたい流線型が身上であってこそのF1カーである。どうも外観からして、この車がさっそうとサーキットを駆け抜ける姿が想像できないのである。実際この車はどうしようもなく遅かった。   
   
   
   
   
   

 

RIMG0103

 

W型エンジンの中央バンクの排気は左側にずらしてあるが、これでは左バンクの吸気部分に中央バンクの排熱が直撃するのは火を見るが如し、である。公称では600馬力を発揮したというライフ・F35型エンジンだが、ラップタイムなどから想定される実測値はわずかに300馬力強であったという。マシン製造の失敗 (カーボン・ファイバーの成形工程に失敗して繊維の積層が剥離したところに接着剤を流しこみ、強引に形を留めさせていたという。マレーシア人でもそんな処理はしないと思うぞ) から来る過重問題もあって、まともに走った時のタイムはF3マシンに毛が生えた程度でしかなかった (3秒前後速かった。まぁF3よりは速いだけマシ、とも言える)。そもそもこの車がまともに走ったことなど、数えるほどしかなかったのだが。   
   
   
RIMG0099

 

ドライバーの仕事場。細く絞りこまれたノーズのせいで居住性は悪そうである。中央バンク用エアインテークの真上に穴が開いているが、これではラム圧がかからないではないか。何を狙った設計なのか全くわからない。インテーク部分から覗く黄色いパーツはロールバーである。   
   
   
   
   
   
   
RIMG0109リヤから見たところ。リヤウィングステー根本の大きな冷却器がオイルクーラー、ギヤボックス脇のちいさなものがミッションクーラーと思われる (そういえば以前紹介したロータス107は、本来オイルクーラーが来るはずのリヤウィング手前部分にデフクーラーを置いていた。あれをぼくは長いことオイルクーラーと勘違いしていた)。いちおうフロア下にディフューザーは付いているが、その上の気流に全く無頓着であるように見える。せっかくエンジンカウルの坂を下ってきた空気が、上面ではオイルクーラーに、側面ではミッションクーラーにブチ当たってあっという間に剥離してしまうだろう。ギヤボックスの下半分がカバーも付けずにアンダーフロアに露出しているのも気になる。ニューエイが見たら心臓麻痺で死にそうなレイアウトだ。 
   
   
RIMG0112 ウィングはワイヤーステーで吊ってあるレイアウトで、ライフ以外ではたとえばベネトンやラルース (リヤウィング側) がこの方法を使っていた。あまり空力には良くなさそうである。たまたま接写した写真が見つかったので、タイヤのマーキングは最大限描き込んである。サイドウォールのカーナンバーがまるで左足で描いたような崩れっぷりだが、実車でもあんな感じであった。    
   
   
   
   
   
RIMG0104サイズ比較。カーナンバーつながりでこの方にご登場いただいた。製作段階ではドライバーを載せる予定があったのだが、ヘッドレスト位置からわかるように着座位置が異様に高く、両肩先から腕まで露出するレイアウトのため断念 (型紙の制約から再現できるのはバストアップ部分のみなのだ)。ヘルメットのみで済ませている。実車写真を見ても分かる通り、ドライバーの露出面積が大きく、また先に述べた接着剤工法のおかげで車体剛性は「ティッシュペーパー以下」であった。もしこの12気筒エンジンが成功して、たとえば満額の600馬力なんて発生していようもんなら、ラップタイムが出る以前に車体がバラバラになっていたんじゃなかろうかと心配になる。    
   
   
RIMG0105イタリアのスットコドッコイ・デュオ、予備予選の帝王コローニと。ここに96年式のフォルティが加われば原色トリオで信号機カラーが揃い踏みするところであった。スリムで綺麗にまとまったコローニ (しかしそれでも遅かったのだが) に比べると、ライフの寸胴さ加減が際立つ。やはりこのシルエットは明らかに「F1カー」と認識されるべきものではない。    
   

 

   
   
   
   
   
RIMG0111ライフは90年の開幕戦から出走し、当時40台以上に膨れ上がったエントリーをさばくべく開催されていた予備予選に落ち続け、ついにスペイングランプリで撤退するまで、ただの一度も予備予選で他より速いタイムを出すことは出来なかった (他車のトラブルなどは除く)。車体からしてゴミ同然だったので一概にどっちのせいとは言えないだろうが、おそらくロッキもヴィタも、12気筒エンジンに夢を見すぎていたのである。1990年代序盤という時期は、ちょうどエンジンパワーだけで押していたターボ時代の思想が罷り通る時代の終りにあたっていた。純粋な最高出力よりも、軽量さ、出力特性、サイズ、燃費、車体との相性、そういったものの比重がエンジン本体よりも大きくなっていたことに、70年代の人であるロッキたちは気づけなかったのだろう。それに気づかぬままにF1グランプリに身を投じ、「ダメ」という判決文を突きつけられて、首を項垂れて帰る彼の胸中に去来したのはどんな思いだったろうか。フランコ・ロッキは、その後のF1におけるマルチ・シリンダーの凋落とF1エンジンの行く末を見届け、1996年にこの世を去った。しかしともかく、ライフ・レーシング・エンジンズは、1989年からの数年間という、純粋な夢の力だけでF1に参戦できた最後のよき時代に、なんとか間に合ったのである。

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

フォト
無料ブログはココログ

リンクリスト

  • Pixivページ
    自分の描いた絵を置いておく倉庫。当初ニコ静との並行運用だったが今はこっちがメイン (多分…)。更新頻度は高くない。同人イベントの参加情報とかも投下される。
  • Kumaryoong's Paddock
    ソビエト時代の東側諸国におけるモータースポーツ活動について書かれているたいへん誰得なブログ (褒め言葉)。この辺の史料を日本語でまとめたサイトって史上初かもしれません。
  • 作った静止画一覧
    主にMMDで作った静止画を上げています。最近はこっちの頻度のほうが高いですね。
  • Racing Sports Cars
    ル・マンや旧WEC/WSPC/SWC、さらには旧WCMなど、スポーツカー・レースの参戦車両の膨大な資料写真を有するサイト。ドライバー別・車種別検索機能完備。F1もちょびっとだけあります(70年~82年)。
  • F1-Facts
    1950年イギリスGPより、F1に関する全記録を蒐集・公開しているサイト。各年度リザルトページからマシン一覧・写真ページに飛ぶことができます。あなたの知らない名車に出会えるかも。IEは右クリックでの画像保存が出来ないので、PCに保存する際はFireFoxなどを使用してください。
  • 誰得 (boulog)
    謎多きF1マニア(?)、bou_ckさんのブログ。「Wikipediaに載ってないような脳内資料置き場」を標榜するだけあって、その名に恥じぬディープ過ぎるF1マシン解説!Wikiどころか、ネット上にもそうそう無いようなマシンが目白押し。ちなみに「誰得」とは「誰が得するんだこんなもん」的意味合いのフレーズ。 2015.12.13追記: このほどYahooブログからfc2ブログに移転されました。
  • 作ったもの一覧。
    私の動画作品一覧です。気力の低下と更新頻度の低下はすべからく連動しています。