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2014年1月

2014年1月26日 (日)

ペーパーキットの作り方などなど

このブログもずいぶんカーモデルの紹介記事が増えてきた (換言するとほかに書くことがあんまりない。ブログとしてそれはどうなんだという気がするが) と思うが、世間一般のカーモデル紹介ブログが主にプラモデルやコレクターズモデル (ミニカーという人もいるが、ぼくの中では「ミニカー」=子供のおもちゃ、「コレクタ(ry」=ウン千円もするディスプレイ用ぼったくり商品、という認識) を中心としているのに対し、ぼくのところで紹介しているのはペーパーキット、すなわち「紙のプラモデル」なのである。プラモデルは模型屋や某家電量販店に行って買ってこなければならないが、ペーパーモデルの型紙はインターネット上で無料公開されているものも多いので、興味のある読者はぜひ手にとって (?) 組み立ててみて欲しいと思う。

ペーパーキットはペーパークラフトやペーパーモデルとも呼ばれるが、要するに紙を切り抜いて折り曲げたりくっつけたりして形を作る模型である。ペーパークラフトなんていうと小学生向け雑誌の付録なんかを連想するかもしれないが、なかなかどうして、本ブログで紹介してきたように、超精密なスケールモデルも主に海外製のものを中心に多数存在し、その品揃えはプラモデルにも引けをとらない。ペーパーキットはプラモデルに比較すると、「塗装の手間がいらない」という大きな利点があり、そのため複雑な迷彩塗装が施された戦闘車輌などの軍事系モデル、また塗装やデカールの処理が煩雑なレーシングカーなど、プラモデルで仕上げるのに手間のかかるモデルを比較的簡単に仕上げることが出来る (あくまで比較的、の話。綺麗に仕上げるとなるとそれなりにコツがある)。パーツがあらかじめ成形されているプラモデルと違って、パーツ単位で自分で形を作らなければならないため、車輌や航空機、軍艦などのモデルはおしなべてプラモデルの国際標準スケールよりひとまわりかふたまわりも大きい。1/33や1/25の装甲車、1/33の航空機 (これはかなりデカい)、1/200の軍艦 (このスケールの戦艦伊勢など、もうどこに置くんだというレベルである) といった具合である。ちなみにF1カーだけ、なぜか標準スケールと同じ1/24である (このスケールで問題なかったというだけだろう)。プラモデルを作った人ならわかると思うが、1/72や1/700のパーツの細かさを考えると、紙のモデルが巨大化するのも已む無しと言える。

Craft00前置きが長くなったが、さて実際にペーパーモデルを作るにあたって、まず必要な道具から見ていこう。ぼくが常々使っているものを一枚の写真にまとめたのが右図である。けっこう道具類が多いが、初心者が簡単なモデルを作るという分には最低限カッティングボード、カッターナイフ、接着剤、サインペンがあれば足りると思う。あとはだんだん腕が上がっていくにつれて道具を揃えればいい。プラモデルの製作経験のある人なら、使う道具がけっこうかぶっているのに気づくかもしれない。プラモデルにあってペーパーキットにない道具といえばニッパーとエアブラシぐらいのものだろうか。


■型紙
これは道具ではないが、無ければもちろん始まらない。いきなり変な色気を出して通販の海外製精密キットなどに手を出さず、まずはMETMANIAなどから出ている「プチF」シリーズで腕を磨くのがいいだろう。A4一枚におさまるパーツ数で、適度に製作難易度も調整してあるので初心者には特にオススメである。「METMANIA-FAN」製のモデルは同じプチFでもかなり難易度が高いので注意しよう。海外製のキットは精密で難易度が高いだけでなく、ややもすると平気でパーツ同士が1センチぐらいズレたりするので、それを現物合わせでささっと修正するぐらいの腕がない限りは手を出さないのがいい。腕に覚えがある諸氏で海外製キットが欲しいという人は、日本からは「紙模型ドットコム」の通販などが手軽だろう。

■紙
型紙は有料のものはだいたい適切な紙に印刷されたものが供されるが、無料公開の場合PC上のデータ形式で公開され、自分で印刷するようになっている (有料モデルでもデータ販売というのはある)。この際、適切な用紙を用いないと完成度に影響をあたえるので注意。基本的にはEPSON製「フォトマット紙」が万能選手というか、性能がとてもいい。50枚入りで1000円弱とやや高いので、出費を惜しむ人はELECOMやバッファローなどの他社製用紙という選択肢もなくはない。ELECOMはぼくも使ったことがあるが、EPSONに比してやや腰が弱い、強度が低いような気がした (EPSONの紙厚0.23に対してELECOMは0.21かそこらだったと記憶するのでそのせいか)。ペーパーモデル用としては、紙厚が0.21から0.23ミリ前後、あるいは160~170gsm (gm/sq.mの意。1平米分あたりの重さ) のものを使うと良い。F1モデルを光沢紙で作る人もいるが、種々の理由によりぼくはあまりおすすめしない (その辺は後述)。METMANIAからはヘルメットの型紙が出ているが、これは例外的に普通のコピー用紙程度の厚さで調度良く仕上がる。経験を積んでくると、どういう型紙にどのぐらいの紙を使えばいいかが直感的にわかるようになったりする。印刷の場合、どんなモデルでも基本はA4サイズだが、あえてB5やハガキ判で刷るとスケールファクターを変えることが出来る。その分製作難易度は地獄化していくが…。

■カッター類
ぼくはOLFA製のクラフトカッターとデザインナイフを主に使っている。クラフトカッターは普通のカッターの60度に対して、刃先の角度が30度と尖っているので細かい部分や曲線部分の切り出しがやりやすい。その分刃が欠けやすいので、横方向に無理な力がかからないような切り方を心がけよう。ハサミは基本使わない (厚さが1ミリに近いような厚紙を切る場合、カッターの損耗を抑えるためにハサミで切ることはあるが、単純な形状に限定される)。長い直線は定規を使って切ろう。切断以外にも、紙に折り目を付ける場合にカッターの刃先で軽くなぞって表面にキズをつけてから折ったりする (人によっては鉄筆だったり、インキの切れたペンだったり)。切れ味の鈍ったナマクラカッターはケガのもとなので、切れ味が落ちてきたと感じたら躊躇なく新しい刃を出そう。
*刃物の扱いにはくれぐれも注意して欲しい。指先の怪我は生命への影響などが全くない割には日常生活に多大な影響を及ぼすからである。ぼくは11か12のころからペーパーキットをやっているが、今日にいたるまで7年間負傷ゼロというのが唯一にしてささやかな自慢である。

■接着剤
紙どうしをくっつけるのに普通はスティックのりなんかを使うが、ペーパーキットでは乾燥が遅く粘着の弱いスティックのりは禁忌である。マレーシアでは写真の黄色い容器の接着剤であるドイツ製「UHU」がじつにペーパーキットにお誂え向きなのだが、どうやら日本では売ってないらしい。一般的には「非浸透性合成ゴム系接着剤」というらしいので、その系統の接着剤で試行錯誤することになるだろう。こればっかりはぼくが日本に住んでいないのでどうしようもない…。瞬間接着剤は小パーツの点付けや針金類の接着などに使う。ゼリー状と液状の二種類を状況やパーツによって使い分けるが、ゼリー状のほうが使い勝手はいい。接着剤は接着する面に少しだけ出して、爪楊枝などで均一に延べていく。細かい部分は指で調整することもある。

■カッティングボード
自分の工作机によほど恨みがあって、どうしても八つ裂きにしてやらなければ気が済まない、というので無い限りはこれまた必須品。写真ではタミヤ製のものが写っているが、べつに100均やホームセンターで買ってきても性能的にはまったく変わらない (と思う)。その昔、まだSimacher少年の家にカッティングボードが無かった頃、彼は廃材置き場から拾ってきた木の板を洗浄して代用していたという。こういうやりかたは多分カッターを痛めると思うので、ホームセンターも見当たらないようなマレーシアの僻地に住んでいるので無い限りさっさと買ってきた方がいい。

■サインペン類
紙の表側に赤白黄色のあざやかな彩色印刷を施しても、断面は白いままである。厚めの紙から部品を切り出したり、カッターで折り筋を付けて折ったりすると、特に濃い色の部品では組み上げた際に断面の白が目立って格好悪いので、同色の塗料でカバーすることになるが、これをタッチアップと言い、ペーパーキットの基本工程のひとつである (ペーパーキット初心者でこれをやってない人は意外と多い。簡単な作業で完成度がぐんと上がるのでやらない手はないのだが…)。また、キットの内容によってはパーツの裏を黒く塗ったり同色で塗ったりする必要があるので、そのためにも黒や青、赤、黄色など、ひととおりの色の水性サインペンを揃えておこう。大面積を塗りこむ太いものと、細かい部分を塗る細いものの2タイプが用意してあると望ましい。細部の塗装用に筆ペンは大いに役立つ。サインペンに無い色は絵の具で代用することになるが、絵の具の場合は用意に手間がかかるのでぼくは極力使わないことにしている。
余談だが、光沢紙はサインペン類との相性がひじょうに悪い。レタッチ程度でもインクが定着せず、ちょっと指で触れるとすぐに落ちてしまうのである。折り目を入れるために刃先でケガいた時に印刷面が剥がれやすいという欠点もあるし、あまり使い良い紙ではないと思う。

■ピンセット
「プチF」のような大味なモデルではあまり必要ないが、スケールモデルとなると無くてはならない相棒である。小パーツをつまんだり、接着面同士を保持するのに使ったり。達人になるとピンセット二本をそれぞれ左右の手で持って小パーツを組むというバルタン星人のような芸当を見せるらしいが、ぼくは細かい調整が利きやすいという理由でピンセットは片手持ちである。タミヤ製がさすがの模型屋謹製とあって使いよいが、先が細くなっていれば医療用を流用したりしても大丈夫だと思う。

■鉛筆
左右のあるパーツや形状の似ているパーツを切り出して置いておくという場合、あとで混同しないようにパーツ裏に鉛筆で部品番号や左右を書き込んでおく。円柱状の鉛筆なら部品の曲面付けにも使える。

■爪楊枝、竹串など
接着剤の項で述べたが、接着剤を塗りつけるのに主に爪楊枝を使う。F1カーのドライブシャフトにも爪楊枝を使ったりするし、小さいパーツを丸める際にも爪楊枝で曲面をつけたりと、けっこう万能選手として活躍する小道具。ちなみにF1カーの場合、ミラーの取り付けに針金を使うモデルが多いので、直径0.5ミリぐらいのものを持っていると何かと便利である。

■プラ製の容器類
上写真のいちばん右側に写っているのは練りゴムの容器である。切り出して置いておく小パーツを紛失しないように保管しておくもの。小さいパーツは紛失のリスクが高いので、なるべく切り出したら放置せずにすぐ組んでしまうのが最善なのだが、パーツの形を自分で作るペーパーキットの場合なかなかそうもいかない。特にアンテナ類などの細いパーツは紛失要注意ブラックリストのてっぺんに来るほど紛失率が高い。

Craft02さて、以上の道具のうち必要と思われるものを揃えたらめでたく製作開始なのだが、ここですこし製作の技法の話をしたいと思う。まずはカッターの持ち方。ぼくは左写真のような、一種独特のカッターの持ち方をするのだが (なぜかときかれても困る。ちなみにぼくは左利きである)、人差し指で地面に支えを作りながら切るので安定感が高く、曲線なども安定して切ることが出来る。しかしカッターの持ち方というのは鉛筆同様「クセ」の範疇なので、すでに自分の持ち方を確立している人は安全のためにもそのままの持ち方を続けて欲しい。



Craft03次に、「隙間」の開け方。ペーパーモデルは部品を差し込んで固定するパーツが少なくないので、その都度スリット状の差込口を開けなければいけない。普通に一本の線状に切って、そこからカッターの先や爪楊枝でもって広げるやり方もあるが、より綺麗な仕上がりのための方法として、図のように四角形の範囲を切り出す方法がある。こうすることである程度厚みのあるパーツ、例えば二枚重ねにしたサスペンションパーツなどを綺麗に仕上げることができる。まず普通のカッターで赤線部分を切り、その後デザインナイフを垂直に近い角度にして黄色の部分を切ると、きれいに切り抜くことができる。


Craft07のりしろなどの折り目を付ける部分が細い場合、指で折るのはかなり困難がともなう。そういった場合には定規にあてて写真のように折るとうまくいく。細い部品を二つに折るような場合にも応用できるが、細いパーツは曲がりやすいので、折る部分だけカットして先に折り目をつけてからあらためて全体を切り出す、という方法がオススメである。





さて、ずいぶん長々とした記事だが、馴染みの薄いペーパーキットの製作を解説するには最低限、これぐらい必要だろうと考えてのことである。プラモデルにはない手軽さと味わいの深さがあるので (美しく仕上げるのは勿論、そう簡単な話ではないが)、ぜひ読者諸兄にも挑戦していただきたい。特にこのところ、アニメが流行れば戦車模型が売れ、ゲームが流行れば艦船模型が売れるといった具合に模型業界が活性化してきているので、この機会にペーパーキットに接触してみるのもいいんじゃないかと思うのである。

ところで、戦車や軍艦の模型がずいぶん流行ったが、F1の模型が流行るのはいつになるんだろうか。

2014年1月 5日 (日)

日英F1ヒューマン・ドラマ ~ウィリアムズFW11・ホンダ~

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ホンダF1といえば、多くのファンはまずアイルトン・セナが乗った紅白のマクラーレン・ホンダを思い出すのではないか。たしかにホンダはマクラーレンと組んだ1988年から1992年にかけて強烈な速さを誇ったが、その足がかりとなったのが1983年末から都合四年にわたる英国ウィリアムズとのパートナーシップであった。この車は1986年にホンダがはじめてコンストラクターズ・タイトルを獲得し、チャンピオン・エンジンとなった時のもので、ホンダにとっては記念すべき一台である。   
   
   
   
参戦当初、ホンダはヨーロッパ選手権で無敵を誇ったF2用の2リッター自然吸気・V型6気筒のエンジンをそのままスケールダウンし、ターボチャージャーを組み込んでF1エンジンとして使用した。設計は自身もエンジニアであった川本信彦が主に担当したが、「まず何を差し置いてもピークパワー重視」の方針 (川本自身この判断をまちがいだったと断じている。ピークパワー偏重の悪癖はその後もホンダ製レーシング・エンジンに何かとついてまわったが、いわばエンジン屋であるがゆえの宿命なのかもしれない) でボア方向を維持したままストロークを短縮したため燃費が悪化し、ターボラグの問題とあいまってまともな戦闘力を有さなかった。その後、CVCCの設計に携わった桜井淑敏らが基本設計から見なおした新エンジンを85年なかばに投入し、ようやくフェラーリやルノーといったライバルに対抗できるだけの戦力を手にするようになる。85年最終戦まで三連勝を飾るなど「風がホンダの方に吹いてきていた」状態で86年を迎え、16戦中9勝をあげてコンストラクターズ・タイトルを手中に収めたものの、ドライバーズ・タイトルは土壇場の豪州GP、本田宗一郎の目の前でアラン・プロストに奪われるという苦い経験もしている。これについては「チームが早いうちからどちらかのドライバーに戦力を傾注していれば防げた事態」との見方が後年広まっている。ネルソン・ピケはレース後、惜しいレースだったと慰める市田勝己に対してつぎのようにいったという。    
「レースはきょうの一戦だけじゃない。十六戦すべてだ。きょうの一戦だけ運が悪かったんじゃないんだ。われわれには、ほかにも勝っているべきレースはたくさんあった。そのとき勝てなかったのがきょうのレースにつながっているんだ。レースというのはそうしたものだよ」    
なんというか、いかにもピケらしい意見である。    
   
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型紙はMETMANIA製のデフォルメキット、プチFシリーズから「FW11B」として公開されているものに、「jk」氏設計のトランスキットを組み込んでFW11としたものである。パーツと言ってもほとんどロゴマークや小改造レベルなので、基本的な設計はMETMANIA製と変わらない。部品密度もそれほど高くなく、初心者でもサクサク組み上がるすぐれた設計で、さすがプチFの本家と思わせる出来栄えである。トランスキットはブラジルGP/オーストラリアGP仕様だが、今回イギリスGP仕様の詳細なタイヤマーキング資料が見つかったため手直ししている。しかし肝心のタイヤマーキングは印刷時につぶれてしまってほとんど見えない。まあ人生こういうこともあるだろう。   
   
   
   
   
   
   
DSC_022799Tの記事で「F1走る魂」を紹介したが、海老沢泰久によるもう一冊の「F1モノ」として「F1地上の夢」がある。若き日の川本信彦が本田技研に入社し、その後1960年代のホンダF1に携わり、一時撤退ののち80年代にターボ・エンジンを引っさげてF1に復帰、チャンピオンへの期待が次第に現実のものとなりつつあった86年を迎えるまでの話である。F1好き、特に80年代のF1が好きなら持っておいて損はないと思われる。    

 

   
   
   
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1986年に向けて、契約金の条件がチームと上手く行かずに離脱したケケ・ロスベルグの代役として、ブラバムとの契約期間満了を迎えたワールドチャンピオンのネルソン・ピケと契約したが、これはホンダの入れ知恵によるものであった。ロスベルグはチームに契約金の増額を要求し、当時財政的にあまり余裕のなかったウィリアムズはホンダに契約金を一部負担してもらおうと考えたが、ホンダ側としてはテストを嫌がるロスベルグをチームに留める理由は無かったのである。そうこうしているうちにロスベルグはマクラーレンに行ってしまい、チームはかねてからホンダがすすめていたネルソン・ピケを二百万ポンド弱で迎え入れることになった。この際のホンダの負担額は八十万ポンドほどだったという。ピケのおかげでウィリアムズはこの翌年、一年越しの「忘れ物」であったダブルタイトルを取ることが出来たのだが、ホンダのドライバーであるピケとウィリアムズのドライバーであるマンセルを同居させることでチーム内に壁を作ってしまったと指摘されることがある。これが86年のチャンピオン決定劇の遠因となったとしたら面白い話だが、後年のマクラーレンにおいてもセナ・プロスト間で似たような問題が顕在化しているあたりが興味深い。   
   
   
86年開始時点で、まだチャンピオンどころか初優勝をあげたばかりのマンセルに対し、ワールド・チャンピオンのピケがファーストドライバー待遇を要求したのは当然の成り行きであった。しかしFW11は優秀な車に仕上がり、マンセルもそれに応えるように快走しはじめると、チームはしだいに英国人のマンセルに傾き始めるようになる。彼らとしては、ブラジル人のピケがファースト・ドライバーでなくともいっこうに構わなかった。また、マンセルは86年中盤からフェラーリのオファーを受けており、ウィリアムズとの再契約を渋っていたが (最終的にハンガリーGP時に契約延長)、後藤治はこれを「いままで無名だったのにグランプリで勝てるようになったのはどこのおかげだと思ってるんだ」と、没義道漢として腹を立てたという。このこともあってホンダのスタッフはすっかりピケに肩入れするようになった。ピケは何度も待遇の改善をうったえたが通じず、ついに87年ハンガリーGPで離脱を表明しロータスに移籍 (このおかげでロータスは88年もホンダ・エンジンを載せることができた)。しかし87年サンマリノの大クラッシュ (予選中にタンブレロないしトサでタイヤバーストによりウォールに激突、脳震盪で搬送された。決勝はドクターストップがかかったが、翌戦ベルギーGPには元気に出走している) の後遺症で精彩を欠き、ロータスの低迷と相まって満足な戦績は残せなかった。90年にベネトンに移籍、終盤日本GP・豪州GPで連勝すると91年もカナダGPで優勝し、ワールド・チャンピオンの意地を見せつけた。92年はリジェのシートを狙っていたがプロストの在籍に期待していたチームに断られ、F1を去った。鷹のような鋭い目が印象的なドライバーだったが、若いころは一度ならずレース後に卒倒したりと体力面のハンデを露呈させていたりする。    
   
DSC_0239FW11とFW11Bの主要な判別点はフロント周りの塗装、ノーズコーン先端形状、フロント翼端板形状、ターボインテーク形状 (FW11前期型のみ) などである。外形はひじょうに似通っている二台だが、FW11Bはドライバーの着座位置を低めるためにモノコック部分を新造しており、FW11との共通点は殆ど無いという。フロント周りの配色に白が目立つFW11のほうが、すっきりした印象で好ましいと思う。長靴の先のような切り立ったノーズ先端の造形も特徴的だ。    
   
   
   
   
DSC_0240リヤ翼端板はトランスキットでは途中に段差がある3D形状のものがモデル化されているが、調べた範囲ではFW11のリヤ翼端板は一枚板状である (FW11Bと混同した?)。ガーニーフラップも型紙に組み込まれているほか、前期型の特徴であるサイドポッド横のターボインテークも再現されている。後期型ではこのインテークはおなじみのシュノーケルダクトに換装され、FW11Bと同一仕様となる。この車の場合カラーリングの印象もあって、シュノーケルダクト無しのほうがすっきりしていて格好いいと思う。    
   
   
   
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フロント翼端板はやや曲がってしまっている。「VERTON」のマークはフォントが不明だったので、ペイントでそれっぽく書き込んでいるにすぎない。FW11/11Bはたしか一戦ごとにこの位置のスポンサーロゴが違っているというモデラー泣かせの仕様である。全レース分の資料などあるはずもないので詳しくはわからないのだが、この翼端板だけで十六戦分のパターンが存在するはずである。   
   
   
   
   
DSC_0246真横から見ると整ったボディーラインがよくわかる。先代のFW10は1985年に至ってもまだモノコックにアルミハニカム材を使っており (各所にカーボンを使用してはいたが)、スタイルももっさりしていていかにも古臭かったが、このFW11は少なくともFW10のようなずっしりした感じはせず、低く構えたスタイリングはむしろ速そうにも見える。同じパトリック・ヘッドの設計とは思えない。しかしヘッドはすでに否応なく旧世代の技術者になりつつあり、FW10ではリヤサスペンションの設計上の欠陥をホンダに指摘されながらなかなか直そうとせず、ホンダの不興を買ったこともあった。    
   

 

この年のイギリスGPはピケがポール・ポジションを取ったレースで、彼にとっては開幕戦・ブラジルGP以来の優勝のチャンスだった。途中二十三周目に母国GPでいつになく張り切っていたマンセルにかわされ、その後はマンセルが先頭、ピケが後方の高速戦が続いたが、残り五周の段階でパトリック・ヘッドが追撃の中止を命令し、ピケは二位に甘んじた。ホンダはこの決定にたいそう不満であり、先のFW10での一悶着などもあって、次第にホンダの心は固陋な思想にしがみつくウィリアムズから離れてゆくことになる。桜井淑敏はマクラーレンと接触を持った際、ロン・デニスの考え方にいたく感心し共鳴したというが、ロン・デニス本人の聡明さ以外にも、もしかしたら考え方の頑迷なウィリアムズとの対比でロン・デニスのビジネスマン的な理念がいっそう進歩的なものに見えたのかも知れない、というのは深読みし過ぎだろうか。   
   
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ミニチャンプス製1/43モデルのFW11Bと。写真のモデルは87年オーストラリアGP仕様で、負傷欠場のマンセルにかわって翌年分の契約を前倒ししたパトレーゼが乗っている。FW11/Bは設計にCADを導入したり、ウィリアムズ初のフルカーボンモノコックを採用するなどチームとしては先進的な設計ではあったが、この車を「カッコ悪い」と断ずる人もちらほら見かける。たしかにその後のマクラーレン・ホンダの優男的な美しさは見られないが、ターボ・カー特有の獰猛な面持ちはじゅうぶん備わっていると思う。向こうが優男ならこっちはヒゲの生えた野武士である。なによりFW10のほうがこの車の十倍は格好がわるいのではなかろうか。   
   
   
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FW11はサイドポッド開口部に縦方向の間仕切りがあるのだが、これもしっかりパーツ化されている。その他、実車ではバックミラー取付部もFW11と11Bで形状が違うのだが、さすがにそこまで再現する気力は無かった。モデラー根性とでもいうのか、なまじ知識があるとこういうところにどんどん神経質になっていつまでたっても模型が完成しなかったりするので、適度に手を抜くというか、メリハリを付ける必要がある。   
   
   
   
   
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コックピット部はほぼキット素組である。キルスイッチのプルリングは後付け加工ではなく、もとからキットパーツとしてモデルアップされていた。説明図ではモノコック側に取り付けることになっていたが、FW11ではロールバー基部についていたようなのでこのモデルでもそのように取り付けている。ロールバーそのものもトランスキットにはマンセル用の背の高いものとピケ用の背の低いものが用意されていたが、少なくとも86年のイギリスGP・オーストラリアGPではマンセル、ピケとも背の高いものを使っている (イギリスGP決勝ではどうやら使い分けているようなので、いわゆる予選用車だったのかも知れない)。   
   
   
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同じホンダ・エンジンを積んで戦った99Tと。まだ直線的なデザインが残るFW11に対して、99Tは曲面を多用したデザインと、設計思想ははっきり分かれる。ウィリアムズはFW11に限った話ではないがエアログリップ偏重の設計で、とにかくウィングを立てて高速コーナーでのダウンフォースを稼ぎ、直線ではホンダ・エンジンの爆発的なパワーで押し切るスタイルだった。そのウィリアムズが、数年後には一転、空力思想の最先端を行く車でホンダ・エンジンを大いに苦しめるのだから、不思議なめぐり合わせである。   
   
   
   
1986年、ウィリアムズ・ホンダは十六戦中九勝をあげ、コンストラクターズ・タイトルを最終戦を待たずに手中に収めながら、ドライバーズ・タイトルを取り逃がしたのは有名な話だ。それでもホンダ・エンジンのパワーは圧倒的なのは誰の目にも明らかで、ウィリアムズ・ホンダは手が付けられないように見えた。実際は上述のとおりホンダ側とウィリアムズ側で少しずつ考えが行き違っていて、それが積もり積もって87年の契約終了につながることになる (実際に戦っている者からしたらそんな内情は知ったこっちゃなかっただろうが…)。全体的に「人」の側面を重視した日本のホンダと、「チーム」としての整合性を求めたウィリアムズの婚姻は、けっきょく円満な形で終ることは出来なかった (ウィリアムズはかなり最近に至るまで「ドライバーを大事にしないチーム」という悪名が高かったが、そういう風土もフランク・ウィリアムズが現役だったころの延長線上にあると考えれば理解できる。「親方日の丸」を地で行くチームである)。この考え方の相違だが、なんとなく国民性までにじみ出ているようで面白い、と考えるのはぼくだけだろうか。    
   
最後に、豪州GP終了後の夕食会の席上で本田宗一郎が若いメカニックたちにかけた言葉を引用したく思う。彼本人のみならず、当時のホンダという会社の哲学がよくあらわれた一言である。    
「みんな、ありがとう。わたしはチャンピオンはコンストラクターだけでじゅうぶんだ。これ以上勝ちすぎるとほかのチームに嫌われるし、おごる気持が出ないともかぎらん。おごる平家は久しからずというじゃないか。これをバネにして、また来年がんばればいいんだ。それがホンダ・スピリットだ」

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