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2015年5月25日 (月)

ポルシェ962C・終りのクロニクル 「1990・上」

1989年にポルシェ・ワークス・チームがスポーツカー・レースから一旦撤退したことにより、ヨースト・レーシングはその活動を引き継ぐことになった。彼らはポルシェの支援を得て1989年の世界スポーツカー選手権に参戦し、また同年ル・マンではメルセデス・ベンツやジャガー、ニッサンといったワークス・チームと互角に戦い、最終的に三位を得た。ポルシェはこの間、すでに施行が時間の問題となっていたグループC規格の改定にむけて新車の開発を行っており、この年初めには同社CARTプロジェクト用のV8ターボ・エンジンをベースにしたエンジンを962Cに搭載してテスト走行を行っていた (このシャシーは962/8-001としてテスト専用に新造され、その使命を終えると通常の962Cの仕様に戻されたうえで962-141の新シャシー・ナンバーを与えられ、ヨッヘン・ダウアーに売却された。ダウアーはこのシャシーで1989年6月から翌1990年にかけてWSPCやインターセリエ、デイトナ24時間レースなどに散発的に参戦した。この962/8-001が通常仕様と具体的にどのように異なっていたかに関する資料は見つかっていない)。大方の予想ではポルシェ・ワークスは新型車が完成しだいサーキットに戻ってくるものと考えられており、したがってヨースト・レーシングがワークスのかわりの役目を果たすのもそれまでの間だけであるはずだった。   
   
しかし、年が明けて1990年を迎えると、雲行きはどんどんあやしくなっていった。1990年は世界中のほぼすべての自動車レースの世界選手権で政治紛争の嵐が吹き荒れたが、スポーツカー・レースにおいてはとりわけ事態が紛糾した。論争の焦点はグループC規格の改定にかんする問題で、エンジンの規格をそれまでの排気量・過給とも自由、ただし使用燃料総量を一意的に規制する、というものから、F1用エンジンとおなじ3.5リッター自然吸気のみに一本化し、燃費規制を撤廃、あわせてレース距離を短縮しレースそのものの高速化・短時間化をはかるものであった。これはF1エンジンと規格を同一化することで、F1に参戦しているメーカーや、F1参戦を考えているメーカーが同時にスポーツカー・レースに参戦してくることを促すねらいがあった。またレースの短時間化によって、テレビ放映や集客などの数字を改善することが (すくなくとも表向きには) 目的であるとされた。しかし自動車メーカーにとって、あたらしくレース専用のエンジンを設計するのはとてもコストのかかることだったので、賛成の立場を示した者はほとんどなかった。それにレース距離を短縮し、燃料使用量も無制限ということにしてしまうと、もはや耐久レースとしての競技の意義は無いにひとしくなってしまうのである。当初1989年から施行される予定だった改革案はこのため頓挫し、ひとまずは3.5リッター自然吸気エンジンの車を燃費規制なしで混走させることと、レース距離をそれまでの1000kmから480kmに短縮するのみにとどめられた。このため1989年以降も、引き続きレースの主役はさまざまな形態のエンジンを搭載したスポーツカーによる燃費レースになるはずであった。    
   
ところが最終的に、翌1991年からグループC規格は事実上前述の3.5リッター・エンジン車に一本化されることがほぼ決定してしまったのである。この背後にはプジョーの存在があった。かつて世界ラリー選手権がグループBで競われていた頃、プジョーはアウディの四輪駆動車やランチアのミッドエンジン車に対抗すべく、そのふたつを合体させたようなミッドエンジンの四輪駆動車をつくり、連戦連勝の快進撃をつづけた。しかしその直後、死亡事故の発生を契機としてFISAがグループB車輌の公認をすべて引き上げてしまい、プジョーの連勝劇は唐突に終りをつげたのである。これに激怒したプジョーは民事訴訟でFISAを告訴するまでに至ったが、最終的にプジョー側から和解することで平和裏に決着した。この譲歩の代償として、FISAはプジョーの提案をほぼそのまま受諾する形でスポーツカーのレギュレーションを改訂したのである。    
   
このことは、スポーツカー・レースに参戦するほとんどすべてのメーカー・ワークスの計画を大幅に狂わせた。ポルシェは規定に合致する3.5リッター自然吸気エンジンと、それを搭載するスポーツカーを白紙から開発することを選び、このため新車が間に合うまでヨースト・レーシングが引き続き最前線でポルシェの看板を背負って戦うことになった。1990年は旧規定のスポーツカーが走れる最後の年になるはずであったが、各メーカーとも例年にましてすさまじい開発競争をくりひろげ、潤沢な予算と人員を配して必勝の体制で挑みかかった。ポルシェはこの頃CARTレースにも参戦しており、また3.5リッター・エンジンの開発も同時に行っていたためスポーツカー・レースに全力を振り向けることができず、苦戦が予想された。    
   
9001

 

慢性的なリソース不足の中で、ヨースト・レーシングは962Cに大規模な近代化改修を行った。写真手前の車は、この1990年最終仕様と同一の仕様で1990年11月に製作されたシャシー・ナンバー962-155の個体であり、ドイツのオベルマイヤー・レーシングがこれを購入し1993年のル・マン24時間レースに出走した。写真奥の1989年仕様とはオイルクーラー位置以外基本的には同一の形状をしているが、ヘッドライト形状やフロントエンド/リヤエンドの処理が改められ、ホイールベースが若干延長されている。また写真では見えていないが、1989年仕様に比してディフューザー上端の張り出しが延長され、エアトンネルの容積が拡大されている。この個体については後日の記事で詳述したい。   
   
962C-90Mont-Wollek-Jelinski-2

 

参考までに、実車の写真を掲載する。1990年WSPCモントリオール、カーナンバー7のボブ・ウォレック/フランク・イェリンスキ車で、シャシーナンバー962-012の個体である (この仕様は現在のところモデル化されていない)。ターボ・チャージャー用のシュノーケル型吸気口が追加されているのが確認できる。この年からエンジンが3.2L (3164cc) に拡大され、まずWSPCラウンド用に投入された。ヨースト・レーシングがル・マン用にこのエンジンを投入するのは翌1991年のことである。   
   
小規模チームながら力強い戦いを続けた1989年WSPCとはうってかわって、1990年のレースはヨースト・レーシングにとって苦難の連続となった。おおきな原因はタイヤだった。皮肉にも前年ヨースト・レーシングが使用してその優秀さを証明したグッドイヤー・タイヤが各チームのあいだで争奪戦となり、最終的にミシュランから乗り換えたサウバー・メルセデスとダンロップから乗り換えたジャガーが獲得した。ヨースト・レーシングはサウバーと交換するかたちでミシュラン・タイヤを使わなければならなくなり、ごく低調な成績しか得られなかったのである。この年のヨーストの入賞記録は四位、五位が各一回ずつと六位が三回で、いずれもNr.7のウォレック/イェリンスキ組が記録したものであった。最終的なチーム・ランキングは五位で、C2クラスのシャシーにフォードのF1用エンジンを積んだにわか仕立てのC1カーを使うスパイス・エンジニアリングにも負けていたが、この年のポルシェ・ユーザーの中では最上位であり、また一年を通して大不振に終ったトヨタ・チーム・トムスよりは上位の成績であった。    
   
962C-89Donington-Ricci-Pescarolo962C-90Dijon-Pescarolo-Ricci

 

前述の1990年ワークス仕様は1990年を通して二台のみが投入され、ラウンドによって参戦した三台目以降の車は写真のような設定であった。リヤカウルの形状は1989年仕様とほぼ同一であり、フロントカウルも異なる形状をしている。一見すると通常の962Cと共通の形状に見えるが、フロントエンドが延長されており、ボディ全体の寸法は-011系のボディと共通化されている。これにより空力特性も多少改善されたと思われる。この仕様は前年から一台のみ投入された-011系シャシーのセカンドカーとして開発され、スプリント・レースに特化したワークス仕様カウルにかわって、その後も主にヨースト・レーシングから各種耐久レースに参戦した。上写真が1989年WSPCドニントンの962-104C (もとは85年投入の962-004。修理の際に新ナンバーを与えられ、89年まで最前線で活躍した長寿シャシー)、下写真が1990年WSPCディジョンの962-144である。

 

(つづく)

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コメント

オベルマイヤー(*´-`)
スポンサーがル・マンってどういうことなんでしょうかね
シャシーナンバーを調べると面白いですね🎵

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