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2017年12月

2017年12月21日 (木)

冬コミ情報

主筆です。日本はだいぶ寒くなってきましたね。さっそく本題に入りますが、脱稿+入金+見本誌受領のコミケ前恒例儀式が完了したので、コミケ情報をアップしておきます。

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2017年12月31日・コミックマーケット93出展予定、「アルファコルセ by SGR」お品書きです。とりあえずアルファコルセ側からはこの一冊+一点。すでにTwitterの方では概略をつぶやいておりますが、ポルシェ・962Cと緒方智絵里をメイン・テーマに据えた、特集形式のイラスト本です。ライバルの登場によって旧式化した後も、バランス型の設計や発展性の高さに助けられ、GpCカテゴリの終焉までを見届けた名車・962C。その最後の戦いの日々は、デビュー当初の黄金時代に比べると、(すくなくとも日本においては) 象徴性に見合うだけの知名度を得ているとは言い難いのが現状です。WSPC末期の苦闘、IMSA GTに新天地を求めた1990年代、1993年・さいごの戦い、そして1994年ル・マン―。本書は、ポルシェ・962Cの中でも特に重要なエピソードを含んだ八台を主筆が厳選し、総勢六人のゲスト参加者と共に、フルカラー・イラストと精密側面図、そして日英両言語の解説文によって、962Cが走り抜けた終末の日々をあざやかに描き出します。解説文の内容としては、おおむね当ブログで連載していた「ポルシェ962C・終りのクロニクル」シリーズを、同人誌むけに再構成したものになりますね (やや初心者向けにアレンジしたつもり)。これをアイマス関連書籍として頒布しようってんだから世も末だ。
関連グッズとして、画像にあります通り1989年にヨーストが投入したフロントオイルクーラー仕様の962C (特にこの仕様に与えられた固有の名称は無いので、いちいちこう呼ぶしかない) を模したスタンド付きキーホルダーも頒布したいと思います。製品のナスカン (キーホルダーの固定具) は、同車が履いていたスピードライン製マグネシウム・ホイールの黒い輝きをイメージしたブラッククローム仕様としました。こちらもよろしくお願いします。 

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同書のサンプル用ポスター。収録車種に関しては、もうポスターの時点でおおかたバレてるとは思いますが、とりあえずここでは「本を買った方のお楽しみ」としておきます。イラストは主筆以外に「桐義」氏 (https://twitter.com/Koma_Kiriyoshi)、「りょりょ」氏 (https://twitter.com/Blanchimont_ryo)、「田宮宗一郎」氏 (https://twitter.com/Tamiya_Soichiro)、「うろとま」氏 (https://twitter.com/urotoma) の各位にご協力いただき、また「def」氏 (https://twitter.com/defD11) には収録の側面図製作を担当していただきました。このほか「ファスト?ふれでぃ」氏 (https://twitter.com/FREDDIE_NV0A) には解説文の検証に多大な協力を得ており、本書はまさにTwitterの有志連合なくしては実現し得なかった企画ということができるでしょう。あらためて、ご協力いただいた各位に最大限の感謝を表明します。

告知の段階でもお伝えした通り、今回はぼくの数年来の友人にして同人活動の師匠的存在である「各々」氏のサークル「S.G.R. (Shanghai Girls Racing=上海娘々賽車隊)」と合体してのエントリーであるため、同氏の最新作も一緒に頒布されます。表紙がまだできていないようなのでお品書き画像には収録できませんでしたが、内容としては各々氏が現在手がけている富士GCシリーズ通史の最新刊で、1976年の鈴鹿ジュエル・シリーズ (注記参照) をとりあげたものになります。

例によって、当サークルではマレーシア・リンギットによる支払いを今回も受け付けますが、今回も手持ちのリンギット貨がすくないため、釣り銭の欠乏が予想されます。リンギット払いを希望の方は、ぴったりで払っていただくか、釣り銭分はすべて寄付として当サークルに投げ銭をしていただくかの二択になる可能性が高いことをここで申し上げておきます (20リンギットなのでキリの良い金額ではあるはず)。

当日のスペースは「東7ホール・"つ"07b」で、いわゆる智絵里島と呼ばれる、緒方智絵里関連のサークルが密集した地帯のちょうど真ん中あたりです (なぜそんな所でこんな本を頒布しようとしたのか!)。東7ホールはごぞんじ昨年に落成したばかりのスペースで、これまでアイドルマスター関連のサークルが配置されてきた東1~6ホールとはかなり離れた場所にありますのでご留意くださいませ。また本ブログの読者諸兄におかれましては、(とりあえずレーシングカー好きな方々という前提でお話しますが) ぜひこの機会に近隣他サークルの頒布物もあわせてお買い求めになり、緒方智絵里というキャラクターの持つ独特な深みに気づいていただければ、アルファコルセ主宰としてこれにまさる幸運はありません。

(注) 鈴鹿ジュエル・シリーズ: 日本で本格的なモーター・スポーツ活動がはじまったのは、1962年の鈴鹿サーキット開業以来であったが、その後開業した富士スピードウェイがスポーツカー・レース主体の路線で興行をおこなったのに対し、鈴鹿サーキットは一貫してフォーミュラーカー路線を歩んできた。日本においては、レース・シリーズは主催団体ごとというよりは、サーキットごとに開催されていたのである (富士スピードウェイのみで開催されていた富士グランチャンピオン・シリーズ、通称富士GCなどはその最たる例)。1976年に、鈴鹿サーキットはそれまでのフォーミュラー一辺倒だった路線をあらためようと、GCカーによるシリーズを開催したが、これが全3戦からなる鈴鹿ジュエル・シリーズであった。これに対し富士スピードウェイは、GCのようなスポーツカー・レースは富士スピードウェイが独自に育ててきたもので、鈴鹿サーキットはそれを横取りしようとしている、という論を展開し、しまいには鈴鹿ジュエル・シリーズに参戦したドライバーには富士GCの出場資格を与えないという独裁路線で抵抗した (いちおう富士側の言い分にもそれなりの理屈はあるのだが)。不毛な争いは最終的に鈴鹿側がジュエル・シリーズの開催をこの年限りで打ち切ることでいちおうの和平に到達したが、このジュエル・シリーズで本格的なプロフェッショナル・カテゴリへのデビューを果たした一人に、あの中嶋悟がいた。藤田直廣が前述の措置のせいでジュエル・シリーズに出られなくなり、代役を探していたヒーローズ・レーシングが目をつけたのが、当時FL500などで走っていた中嶋悟青年だったのである。

もうひとつのハイブリッド物語 ~ホンダCR-Z GT (2014)~

ハイブリッドカーは、石油資源の枯渇や環境問題などの議論に対する解決策のうちのひとつとして、並行して研究されていた電気自動車や燃料電池自動車などにさきがけて一般向けに実用化され、今日では日本や米国を中心に大きなシェアを誇るに至ったが、同時にこの技術は、二十世紀を通して一般的であった「サーキットを走るレーシングカーによって先行開発・研究を行う」スタイルによらないものであった。市販乗用車において一般的なモノコック・ボディやディスク・ブレーキ、あるいはエンジンの高回転・高出力・省燃費化といった技術は、いずれも二十世紀を通して「走る実験室」たるレーシングカーにまず投入され、技術的知見を蓄積したのち市販乗用車に搭載されるのが常であったが、ハイブリッド動力はまず机上研究からスタートし、サーキットを経ずに市販乗用車として実用化されたという点において独特であった。

かつてサーキットがあらゆる乗用車関連技術の揺籠であった時代において、レーシングカーはそのまま未来の乗用車を体現すると考えられた存在であった (現在でもレース用スポーツカーのことを「プロトタイプ」=先行試作品と呼ぶことに、この考えの名残が見られる)。しかしハイブリッドカーの時代においては、ハイブリッド技術はまず市販車によって開発され、その成果がレーシングカーによってサーキットに持ち込まれるという、前世紀には見られなかった逆行が起きた。その嚆矢はトヨタで、二〇〇六年にGTカーに試験的なレース用ハイブリッド・システムを搭載したのを皮切りに、二〇一二年にはハイブリッド動力のスポーツカーでル・マン二十四時間レースを含む世界耐久選手権への参戦を開始し、アウディやポルシェといった強力なライバルを相手に、二〇一四年には世界選手権のチャンピオンとなるに至った。また同じ二〇一二年にトヨタは、国内のコンストラクターであるaprに開発を委託したトヨタ・プリウスのレース用モデルで、全日本GT選手権 (現在Super GTと呼称される)・GT300クラスへの参戦を開始している。このプリウスGTに搭載されたハイブリッド・システムは、世界耐久選手権用のレース専用品と違って市販乗用車用のものをそのまま使っており、より市販車とのつながりを重視した活動であった。このトヨタ・プリウスに対する対抗馬としてホンダが同年後半に送り込んだのが、ホンダ・CR-Z GTである。


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エブロ製・品番45075、「無限 CR-Z GT 2014年スーパーGT」ダイキャスト製1/43スケールモデルカーである。二〇一四年のスーパーGTに、チーム・無限からGT300クラスに参戦したCR-Z GTを再現している。吊り下げ式に改められたリヤウィングや、前面吸気口の形状などから、第四戦・菅生で投入された後期型をモデルにしていることがわかる。

ホンダ・CR-Zは、二〇一〇年にホンダが発売した小型クーペ・タイプのハイブリッドカーで、名称からも分る通り、かつて販売されていた小型クーペ「CR-X」の実質的な後継車として開発されたものである。ホンダは傘下のチューニングパーツ・メーカー兼レース部隊である無限にこの車のGT300仕様を作らせ、実戦テストとして二〇一二年後半からスーパーGTに参戦を開始した。スーパーGTでは同一メーカー製ならエンジンの載せ替えは自由であったため、CR-Z GTではアメリカ・カリフォルニア州サンタクラリタに本拠を置くHPD (Honda Performance Development) がスポーツカー向けに開発したHR28TT型・2.8L V型6気筒エンジン (チーム無限はベースとなった市販車用エンジンである「J35A」と呼んでいる) が車体中央部に搭載され、これに英国ザイテック社製のレース用ハイブリッド・システムが組み合わされた。もともとコンパクトカー程度のサイズであったCR-Zに大型の6気筒エンジンを縦置きで搭載したため、エンジン・ブロックは一部が車室内に食い込むような配置になっており、ドライバーの着座位置は市販車よりも若干前進している。

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横からCR-Z GTを眺める。レーシングカー化するにあたって全幅は拡大され、大径・幅広のレース用タイヤが装着され、後部には一枚式の大型ウィングが装備されているが、ホイールベースは市販車とほとんど変わっていない。そのためこの車はGT300クラスの中でも最もコンパクトな部類に入る。

CR-Z GTは二〇一三年からスーパーGTへのフル参戦を開始し、同時に鈴木亜久里のARTAからも一台がエントリーしたため、この年から二台のCR-Z GTがスーパーGTで走ることになった。チーム無限は、同年の選手権では一度もクラス優勝を挙げることがなかったにもかかわらず、二位を四回獲得したほか全レースで入賞するなど抜群の安定感を誇り、二勝したゲイナーのメルセデスベンツを振り切ってGT300クラスの年間チャンピオンに輝いた。これは全日本GT選手権の歴史において初めて、ハイブリッドカーがチャンピオンを獲得した事例であった。これに伴い、無限は翌二〇一四年の選手権でGT300クラスのチャンピオン・ナンバーである「0」を付ける権利が与えられ、二〇〇五年以来九年ぶりに同チームに「0番」が復活することになった。 一方ARTAは、シーズンを通して入賞に届かないレースが続いたものの、第三戦・セパンと第四戦・菅生で連勝し、ドライバーランキング七位を確保した。

二〇一四年シーズンに向けて、無限は中山友貴と野尻智紀の若手ドライバーを起用し、ARTAは引き続き高木真一と小林崇志のペアで参戦した。無限はこの年から車のカラーリングを変更し、それまでのソリッドな赤色からメタリック調のおちついた深紅を前面に大きく配したほか、同社のコーポレート・カラーである「赤・金・黒」を流線状に描いた新カラーリングが用いられた。車体そのものは当初二〇一三年用と共通で、パワーステアリングの容量を増やすなど小改良にとどまったが、前年の好成績を受けて吸気リストリクターが小型化された結果としてパワー不足が予想され、GT300クラスで存在感を強めていたFIA GT3規格の車輌に対して苦戦が予想された。

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ベース車の車体寸法がちいさく、車体側にリヤウィングを装備できないCR-Z GTは、かわりにディフューザー部となる床下部分を後方へ延長し、その上にリヤウィング支柱を取り付けるという大胆な手法をとっている。二本の支柱の間は横方向の肋材で補強され、まるで高層ビルの足場のようにも見える独特な景観を生み出している。テールランプの位置は市販車と同様であるから、横方向へのフェンダーの張り出しがいかに大きいものかを察することができる。リヤフェンダー後部は途中で裁ち落とされ、タイヤ後方は外部に露出しているが、シーズン途中のアップデートによって、この部分に整流用のボートテール状構造物が配された。

無限 CR-Z GTは開幕戦・岡山で九位に入ると、続く第二戦・富士ではレース展開にも助けられ三位表彰台を獲得した。続く第三戦・オートポリスでも五位入賞を果たしたが、ライバルチームの急追や特定チームの独走を避けるための性能調整などに苦しみ、なかなかトップ集団に加わることができずにいた。しかしこの第三戦では姉妹艦ともいえるARTAの車が優勝を記録するなど、依然としてCR-Z GTの戦闘力は衰えていないことも示された。

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戦闘力を取り戻すべく、無限およびARTAは第四戦・菅生に大改修をほどこした後期型CR-Z GTを持ち込んだ。夏場に向けての冷却対策でフロントのエアインテークが大型化され、三つに分かれていた吸気口が大型の一体式にあらためられたのである。リヤウィングの支柱も改修を受け、形状が変更されると共に、それまでのオーソドックスな下面支持タイプから効率にすぐれる吊り下げ式に改造された。モデルはこの後期型を再現しているが、残念ながら中央グリル部の取り回しが実車と違うものになっている (実車では下部インテークの大型化・一体化に合わせて、グリルが途中で切り取られている。実車写真も合わせて参照されたい)。

第四戦・菅生と第五戦・富士の無限 CR-Z GTは、いずれもアップデートの成果で予選では好タイムを記録できても、雨が降った決勝レースではライバルのペースについていけず、ポイントを獲得することすらできなかった。トラクション・コントローラーやABSといった電子デバイスが搭載されているFIA GT3カーに比べると、CR-Z GTのようなJAF GTカーはそのような電子機器を装備できない分、雨天時の操縦性には際立った差があった。またCR-Z GT固有の特性として、コンディションの変化に対する車輌の許容幅が思ったより狭く、特にドライ路面とウェット路面の遷移状態において操縦性が思わしくないという悪癖を抱えていることも苦戦の一因とされた。二〇一三年は雨のレースがなかったため、この特性があまり顕在化しなかったのである。

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エブロ製のダイキャスト製品ではあるが、このモデルに関しては内装なども比較的よく再現されており、正方形に近いステアリングやその背面のシフトパドル、スタビライザー調整用と思われる赤と青に色分けされた二本のレバー、さらにはハイブリッド・システム冷却用の白い通風パイプまで作り込まれている。サイドウィンドウはなぜか黄色がかった色で成形されているが、手持ちの写真を見る限りチーム無限の実車においてこのような特徴は見られない。写真では写っていないが、助手席スペースに置かれたハイブリッド・システム一式の外観もしっかり再現されている。実車ではこのハイブリッド・システムを構成するモーター、バッテリー、インバーターのために、それぞれ別系統の冷却システムが用意されるなど熱対策に注力したが、車体そのものの小ささからくるパッケージングの問題もあって、当初は熱害の問題に悩まされた。

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もともと通常の支持方式だったリヤウィングを、支柱そのものの形状を変えずに吊り下げ式に作り変えたことが分る。ウィングは下面の高流速部分がダウンフォース発生において重要であり、吊り下げウィングはその下面にある障害物を取り払うことでウィングの効率を上げるためのデバイスだが、このような戦時急造型めいた改修は他車種ではほとんど見られない。そのような意味でも、この車は独特な一台であると言える。 CR-Z GTは前期型・後期型を通して、ウィング部品はホンダがGT500クラスに投入していたHSV-010 GTからの流用であったが、この後期型では吊り下げウィングの支点部分も同車から流用されている (HSV-010 GTはCR-Z GTよりひと足早く、二〇一三年後半にこのタイプのウィングを投入していた)。

第六戦・鈴鹿1,000キロレースで、チーム無限は第三ドライバーに道上龍を加えた三人体制を敷いた (道上は決勝レースには出走していない)。CR-Z GTが得意とするテクニカルコースの鈴鹿とあって、練習走行ではGT300クラスのコースレコードを更新する好走を見せ、予選でも二位に入るなど健闘したが、レースではペナルティや終盤のトラブルなどに苦しみ八位に終った。続く第七戦・ブリラムでは九位、最終戦・もてぎでは十三位で、年間のチームランキングは十位だった。前年に比べるとなんとも寂しい戦績だったが、同時に前年のチャンピオン・マシンが一年で中団に転落するという、レースにおける物事の進歩の速さの象徴でもあった。二〇一四年においてもホンダ・CR-Z GTは十分な戦闘力を有してはいたが、それに見合うだけの安定性やスピード、あるいはほんのすこしの運が、二〇一四年のチーム・無限にはなかったのである。

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ヘッドライトはまるで書き割りのような様相だが、実車もこのような構成で、実際にライトとして機能するのは中央の四角い部分のみである。実車においてはこの赤色は光沢のあるメタリックカラーだが、モデルではコストの問題か十分には再現されていない。こちらもコストの問題と思われるが、実車ではヘッドライト脇・フロントフェンダー前端部の段差にスリットが空いており、これは二〇一二年のアキュラ/HPD製スポーツカーや、二〇一五年に登場したアウディ・R8 LMSなどに見られる手法と共通である。グリル上部に空いている小さい穴はエアジャッキの差込口。

二〇一五年は無限がスーパーGTへの参戦を休止したため、CR-Z GTの参戦はARTAの一台のみとなった。この年ARTAは開幕戦・岡山で二位、第四戦・富士で優勝し、チーム・ランキング六位を獲得するなど健闘したが、GT300クラスにおけるCR-Z GTの参戦はこの年で終了し、CR-Z GTもその使命を終えた。スーパーGTにおけるホンダのレーシング・ハイブリッド開発は二〇一四年からGT500クラスに参戦を開始したホンダ・NSX GTがその主流を引き継いだが、レギュレーション上の不利や熱害、重量の問題を最後まで解決できず、二〇一五年を最後にホンダのハイブリッドカーがスーパーGTで走ることはなくなった。ホンダは二〇一七年に、ハイブリッド・システム非搭載を前提とした新型のNSX GTを開発し、レクサスが席巻したシーズンにおいて二勝を記録した。現在のホンダにおけるレース用ハイブリッド・システムの開発は、二〇一五年にはじまったF1用エンジンの開発がその主軸を担っている。他方aprのトヨタ・プリウスは、二〇一七年現在もトヨタからの支援を得て、スーパーGT・GT300クラスへの参戦を継続している。

ホンダ・CR-Z GTは、少なくとも二台が無限により開発・製作されたと思われるが、そのシャシー・ナンバーは明らかではない。このうちARTAが二〇一五年まで運用した一台は現存し、現在も各種イベントで時折展示されている。

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