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2021年9月

2021年9月28日 (火)

一九九二年ブラバム・F1チームの内部文書より

久しぶりにブログネタになりそうな芳醇なる逸品を発掘したので、ブログネタにすることにする。表題の通り、一九九二年のモーター・レーシング・ディヴェロップメンツ (MRD)、いわゆるブラバム・F1チームの内部文書がいくつかネットに公開されているが、うち一通がもはや怪文書の域といえるすさまじい内容である。これを軸に紹介していきたい。

元ドキュメント (紙の書類を写真に撮ったもの) は http://www.f1brabhams.com/ という、米国ユタ州でブラバムF1関連の車輌・部品・文書などのレストアや販売をやっていると思しきサイトより。「Documents」セクションにて、販売済みと思われる文書のうち一九九一年から九二年のものが幾ばくか (それ以前のものもストックはしてあるようだ) 公開されており、
・「九一年二月二五日付ブラバム・BT60Yギヤボックス図面」
・「ブラバム・BT60 (Y、Bどちらかは不明) ギヤボックスパーツリスト」
・「同上パーツ在庫表」
・「九二年イギリス・F1グランプリ用デイモン・ヒル車スタッフ仕事リスト」
・「九二年南アフリカ・F1グランプリにおける組織問題についての書類」
・「九二年ブラジル・F1グランプリ付エンジン・ディヴェロップメンツ (ジャッド) 社請求書」
・「九二年四月二日付バーニー・エクレストン主催会議開催の通達」
・「九二年イギリス・F1グランプリ向けの無線機器使用申込書類」
・「九二年イギリス・F1グランプリ用各スタッフのホテル部屋割表」
・「九一年ブラジル・F1グランプリ用ブラバム・BT59Yセッティングシート」
・「九一年一一月一四日付の弁護士事務所からの解約通知書」
・「八八年付コニ社 (ダンパー屋) 請求書」
をそれぞれ読むことができる。今回メインで取り上げたいのは五番目・九二年開幕戦南アフリカGPの件で、この文書は「いつ・どういう問題が起きて・どう対策すればよいか」というテンプレの書類に書き付けてあるのだが、その内容の凄まじいこと凄まじいこと。この年にブラバム・F1チームや、当時のほかのF1各チームが置かれた状況、情勢をある程度理解していないとこの凄惨さは完全には呑み込めないかもしれないが、そこはあとで適宜解説するとして、まずは原文 (画像) とその抄訳を以下に記す。原文は手書きの英語なので若干読みづらい。

Bt60b92za0

抄訳〈山カッコ内は訳者注/補記〉
「燃料 - 最初のテスト・セッション〈練習走行のことか〉開始十分の段階で各レースカーには4ガロン〈約18L〉の燃料しか入っていなかった。入手した燃料は違法〈レギュレーションに合致しない、ということか〉かつ盗品〈!?!!??〉であった。レースに出走するためにはきちんとした燃料供給の契約が必要であることを全員が理解しており、またジャッドは〈正しい燃料を使用すれば〉30-40馬力の向上が見込めるとしている。標準〈? 後述〉の燃料ではDFR並みのパワーしか出せない。使用したアジップ社製燃料のスペックは怪しく、想定していた馬力向上の効果は無かった。〈アジップ燃料は〉一台を満タンにする分の量しかなく、もう一台は現地のサソル〈SASOL: 南アの石油会社。現地のガソリンスタンドから買い付けたという意味か〉、アジップ、そしてBP (8ガロンをレース三十分前にロータスから借りた) の混ぜものでなんとか満タンにした。」
「チームが〈この問題を〉真剣に考えているのであれば、つぎのレースまでに燃料の契約を見つけなければならない。他チームから燃料を無心したり、市販品を使い続けたりするわけにはいかない。技術的にはBP社もしくはアジップ社との契約が、燃料のみならず、エンジン、ギヤボックス、潤滑油などの供給の上で必須である。
燃料はジャッド社に提出して、最適なエンジン・マッピングを作ってもらう必要がある。もしBPおよびアジップが我々に〈燃料その他を〉供給できないのであれば、他のすべてのサプライヤーに連絡を取る必要がある。本件はわがチームが一台だけでもレースに出る上においては、もっとも重要なものである。」
「メキシコGP〈第二戦〉
DN - アジップ
GF - BP
〈この欄はおそらくメキシコGPに向けて各社と交渉を担当する人員の割り振りか〉」

盗品の燃料って逆にどういうルートで入手したんだよ…とか、レース開始直前の土壇場になって他のチームにガソリン乞食してんじゃねえよ…とか、とにかくまあ、二十一世紀のF1を見慣れた人にとっては信じがたいツッコミどころのオンパレードなわけです。以下徒然と解説。

ブラバム・F1チームは、八九年にオーナーだったヨアヒム・ルーティが逮捕されて以降、当時イギリスF3000に出たりクラシックカー・コレクションをやったりしていた日本の中内康児率いるミドルブリッジ・グループが所有しており、九一年にはその縁でヤマハ・OX99型V12エンジンの無償ワークス供給を受けていた。
中内の営業で九〇年以降のブラバムは日本のスポンサーが多く付いていたが、ヤマハはすでに当時のブラバムが資金力・開発力とも欠如していることを見抜いており、九二年に向けて中内にチームの買収を提案した。しかしブラバムを手放したくなかったのか、中内はこの話を拒否し、結果ヤマハは新たな提携先としてジョーダンを選択しブラバムから離れた (その九二年ジョーダン・ヤマハもだいぶ悲惨なことになったが)。この一連の動きを見たテクニカルディレクターのセルジオ・リンランドも、チームの先行きを悲観したのかエンジニアを引き連れてフォンドメタル (ここも九二年に悲惨なことになって途中で潰れるのだが) に移籍してしまった。
九二年、ブラバムはワークス・エンジンも開発体制も失い、わずかに残った日本のスポンサーと、女性F1ドライバーということで話題を集めたジョヴァンナ・アマティ、そしてモデナから移籍してきた中堅どころのエリック・ヴァン・デ・ポールが持ち込んだ資金で細々と操業するほかなかった。エンジンはブラバムと関係の深いジャッドからV10のGVエンジンを、一戦ごとのリース契約で獲得し、これを九一年のBT60Yに若干の改造を施したBT60Bに搭載し戦った。しかしジョヴァンナ・アマティからもたらされるはずだったスポンサー資金が入金されることはなく、結果アマティは第三戦・ブラジル限りで解雇され、かわって前年のイギリスF3000で走っていたデイモン・ヒルがセカンドシートに納まった。第八戦・フランスから日本のロックバンド「聖飢魔II」がスポンサーに加わったことでカラーリングが大きく変わり、またこのレースから車体にBPのロゴが掲示されるようになった。しかしチームの資金難・借金苦はすでに挽回不可能なところまで来ており、第十一戦・ハンガリーではついに二台体制を維持することすらできなくなった。ヒル車のみが出走したこのレースで奇跡の予選突破・十一位完走を達成したのを最後に、名レーサー、ジャック・ブラバムの名を冠するチームは儚くも消え去ったのである。

さて問題の文書である。日付は三月一日、南アフリカ・グランプリの決勝レース日となっている。このレースではヴァン・デ・ポールが十三位 (最下位) 完走、アマティが予選落ちであったが、レース前に二台を満タンに給油したとある。つぎのレースのための燃料を確保したかったのだろうか? ロータスからBP製燃料を借りたとあるが、九二年の前半戦ではチーム・ロータスはBP製を使っている (イギリスからカストロールに変更)。
アジップ製「標準」燃料の件はよく分らないが、当時はウィリアムズとエルフ、マクラーレンとシェル、フェラーリとアジップ、ベネトンとモービル…というふうに、トップ・チームが燃料メーカーと提携して、エンジンパワーを最大限に引き出すための特殊組成燃料 (毒性が強すぎて、揮発成分を吸入するだけで人体に有害なのでガソリンの出し入れに防毒マスクが必須だった。とんでもない時代だ) を開発していて、そういう特殊なものではない、いわゆるBチームなどに提供する通常スペックの燃料というのが多分あったのであろう。しかしまぁ、現地の (おそらく一般車用のガソリンスタンドの) 市販燃料と通常のF1燃料と他チームから無心した燃料、ぜんぶ別銘柄・別組成・別オクタン価のものを混ぜ合わせて満タン給油というのは、もう読んでいるだけで頭がクラクラしてくる。お前は一九四五年の日本海軍航空隊か。
通常スペックと思われるアジップで満タンにしてフォード・DFR (八九年に新型のHBエンジンが登場したので、九二年時点では相当な型落ちである) V8レベルのパワー、おそらく600馬力弱しか出ないと書かれているのだから、あの闇鍋燃料では確実にそれ以下のパワーしか出せていなかったであろう。エンジン自体にも悪影響があったのではあるまいか…。燃料のサンプルをジャッドに送ってエンジン・マッピングを最適化してもらう、というようなことも書いてあるが、当時エンジン本体のリース料金すら満足に払えず滞納をくり返していたブラバムに、そんなことをしている余裕があったとは思えない。肝心の燃料契約もおそらく前述のフランス・グランプリまで締結できていなかったと思われる。

記事が長くなるので訳出・解説は以上の一枚にとどめるが、ほかの書類も具体的なウィング角度やキャンバー/キャスター角度が書かれたセッティングシートなど、興味深い内容なので一読をおすすめしたい。弁護士事務所からの解約通知書には「貴社 (ブラバム) の現在の借財状況を鑑み、本事務所との提携は今後不可能である」旨の表記があり、九一年末時点でチームが慢性的な借金苦に陥っていたことが生々しく伝わってくる。

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